「・・・なあ、何で子供出来たからって避けるんだよ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・“出来たから”ではない・・・本当はこうなる前に・・・子を宿す前に離れようと思った。」
「・・・何で。」

聞き捨てならぬ言葉に、犬夜叉はじっと殺を見た。

「お前は・・・・・・この先も私といることを望むのか。」
「当たり前だ。」
「・・・子はどうする。」
「?・・・どうって・・・」
「産まれてくるのは半妖だ。」
「??・・・・・・そう、だろーな。」

自分と殺の子だ。
当然だろう。

まさか今更、“半妖”が嫌だとか言うんじゃねーよな・・・?

この期に及んでそんなことを殺が言い出すとは思えないが、犬夜叉は一抹の不安を覚えた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・覚えていないのか。」
「何を。」
「・・・お前があの日・・・!!」
「あの日・・・?」
「あの夜のことだ!」

怒りを露にし身を捩る殺に犬夜叉は慌てた。

「っ・・・ちょ、落ち着けよ、殺!・・・あの夜って何だよ。」
「・・・ッ・・・」
「殺・・・」
「・・・・・・」

身籠っていることを既に犬夜叉に知られている以上、もう全て話すしかない。

殺は観念したように身体の力を抜き、静かに犬夜叉を押し返した。


ふ・・・やはりこうなったな・・・

相手が犬夜叉である以上、逃げ切れるわけはない。
本当は心のどこかで分かっていたこと。

どれほど避けても犬夜叉は必ず追ってくる。
遠い昔からこの己に怖じることのなかった強い眼。

愛憎と思慕の狭間で揺れていた想いは確実な熱になって己を貫き・・・いつしかその熱に己も溺れていた。

拒む理由をなくし祝言を挙げたのが半年前。
飽くことなく己を求める犬夜叉。
疎ましいと思った。
けれど悪くない日々だった。

それなのにあの夜、犬夜叉は―――――――・・・


「お前は・・・私を裏切った。踏みにじったのだ。」
「!?・・・何を・・・」
「・・・ッ・・・私の髪を梳きながらあのときお前は・・・・・・」
「髪・・・?・・・」

殺の髪なんかいつだって触っていた。
情事の後はとくに。
最後に肌を合わせた夜だって。
まさか翌日から避けられ続けるという冷たい仕打ちが待っているなんて思いもしなかった夜。

そのとき自分は何かしたということか。

殺の話を聴きながら犬夜叉は記憶の糸を辿った。












その日も犬夜叉は褥(しとね)で満足そうに殺の乱れた髪を梳いていた。

妖力は殺のほうが上でもこうして腕の中に納めてしまえばやはり女だ。
自分より遥かに華奢な首。肩。腰。足。どこもかしこも作りが細い。
対照的に豊かに膨らんだ胸。
甘く柔らかい肌。
普段は冷たく澄んだ空気を纏っているような凛とした雰囲気なのに熱に穿たれて乱れる様は本当に妖艶で。
片時も手放したくない。

それでつい四六時中毎日のように求めてしまうが殺は応じてくれる。


『・・・ああ、幸せだなー・・・・・・』

心の中で噛み締めたはずの言葉はうとうとしながら口に出していたらしい。
そのときの顔が本当に馬鹿みたいににやけていたのかもしれない。
殺が珍しく小さく笑った。

『ふ・・・』
『・・・ん、何笑ってんだよ。』
『・・・いや・・・お前が本当に嬉しそうに笑うから・・・』
『ああ、笑ってたのか俺・・・』
『お前はすぐ顔に出る。』
『だってしょーがねえだろ。』

どんな時もずっと心に想っていた相手。
いつかを夢見た相手が腕の中にいる。
この先も。ずっと。

『・・・ほんとに嬉しいんだよ。』
『フ・・・何だ、改まって。』
『・・・・・・ずっと独りだったから。・・・かごめや弥勒たちとの出会いはこれまでの永い年月に比べれば最近のことに過ぎない。おふくろが死んでからは・・・俺はずっと独りで生きてきた。』
『・・・・・・』
『・・・だから自分に姉がいるって知ったときは結構嬉しかったんだぜ。なのにお前は半妖だからって毛嫌いするしよ・・・最悪の初対面だった。』
『・・・フン。』
『人間には気味悪がられて・・・やっと打ち解けたと思ったら裏切られたり・・・喧嘩で加減が分からず傷付けちまったり。・・・・・・だから人間とは距離を置いて。餌にされないよう妖怪からは逃げて。朔の夜は一晩中息を殺して身を潜めて。そんなんばっかだったな。』
『・・・・・・』

犬夜叉の寂しく辛い幼少時代。
黙って話を聴きながら殺はじっと犬夜叉を見つめた。

もしかしたら同情してくれるのかも。・・・などと犬夜叉は微々たる期待を寄せたが、期待は大いに外れた。

『それはお前が弱いからだろう。そんな事で一喜一憂するお前の感覚が私には解らない。』
『・・・はあ・・・』





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