殺は純血の妖怪。 受け継いだ類稀なる膨大な妖力。 生まれ出でた日から従者に囲まれ蝶よ花よと大事に育てられ崇められていた殺。 己こそが最強。 そしていつか父を倒す。 そうして生きてきた殺に犬夜叉の感情など理解出来るわけもなく。 『・・・とにかくさ、おふくろが死んでから俺にはお前だけが家族だったんだよ。』 最悪の初対面。 自分を忌み蔑む最強の姉。 向けられるのはいつだって冷酷な眼差し。 でも綺麗だった。 きっと最初から惹かれていた。 その何もかもに。 『今は・・・一緒になったから“本物の家族”になったしな。だから嬉しいんだよ。』 『・・・そーか。』 犬夜叉が照れくさそうに言うので殺も少し頬を染め、それを隠すように俯いて言葉を返した。 『・・・でも家族といっても私とお前、二人ではないか。』 『いいんだよっ。』 犬夜叉は腕の中の殺をぎゅっと抱き締め、殺の頭部に顔を埋めた。 『二人でも家族は家族だろ。』 『・・・・・・』 『俺はお前がいればいいんだ。』 『・・・』 『もうあんな思いしなくて済む。』 寂しさも惨めさもない。 殺がいれば。 『ガキの頃の事・・・あんな思いはするのもさせるのもごめんだ。』 『――――・・・』 『・・・だから俺はお前がいればいいんだよ・・・・・・――――――』 『・・・・・・』 犬夜叉は殺を腕に抱き包めたまま、寝入ってしまった。 安心して眠る子供のように。 だから犬夜叉は知らなかった。 殺がそのときどんな顔をしていたかを。 どんな想いを抱いたかを。 全く知らなかったのだ。 言葉に偽りはなく、今のそのままの気持ちを口にしただけの犬夜叉。 殺もまた言葉通りに受け止めた。 “お前だけでいい” 本来であれば嬉しい言葉だっただろう。 女なら誰でも幸せを感じる瞬間だ。 だが殺は衝撃を受けていた。 あの会話の流れの中で意味することは。 単純に。 “子供はいらない” 犬夜叉はそう言ったのだろうと殺は解釈した。 失望したような虚しいような腹立たしいような何とも言えない気分だった。 この自分を散々求めておきながら、子はいらないなど。 よくも言えたものだ。 毎日のように閨を共にすればいずれ子は出来るだろう。 犬夜叉はそれを望むだろうし、殺もまたそれでも良いと思っていた。 以前ならば己が子を生すなど考えもしなかった。 まして半妖を産み落とすなど有り得ないこと。 だが犬夜叉とならば。 いつの間にかごく自然にそう思えるようになっていた。 それなのに・・・・・・!! 沸々と湧き上がる怒り。 失礼な奴め。 無神経だ。 一体どういうつもりなのか。 だってそうだろう。 子を望まないのに避妊は皆無の情事。 もしも身籠ったらどうするつもりなのか。 おろせとでも言うのか。 きっと性欲で頭がいっぱいでそこまで考えが及んでいないのだろう。 馬鹿な弟だ。 ・・・酷い男。 犬夜叉と添う道を選んだ己も馬鹿だった。 ならばもう。 子など出来る前に。 殺の心は犬夜叉の温かい腕の中で、急激に冷えていった。 そうして翌日から犬夜叉にとって苦難の日々が続くこととなるのである。 全てを話し、殺は犬夜叉を鋭く見やった。 何故自らが仲違いの理由など教えてやらねばならぬのか。 「・・・・・・だから子など宿さぬようお前を遠ざけた。それなのにお前は・・・・・・!!」 今回の騒動の発端となった原因をようやく理解した犬夜叉は愕然とした。 まさかの要因。 あのときの言葉が尾を引いてこれ程の事態を引き起こすなど想像もしていなかった。 むしろ滅多に口にしない過去を殺に打ち明けたことで実のところ絆が深まったとさえ思っていた。 体以上に心を繋いだいい夜になったと思っていたのに。 「・・・子を望まぬくせに次の日からも連日変わりなく行為を求めるお前の気が知れぬと思った。」 「・・・・・・いつから分かってた・・・?・・・腹のこと。」 「・・・お前を遠ざけるようになって半月ほどしてからだ。」 殺が自身の変化自体に気付いたのは犬夜叉を避けるようになってからすぐだった。 何処となく身体に違和感を感じ始めた殺。 違和感は日を追うごとに確かな不調へと変わってゆく。 そして半月ほど経ったあるとき自身の中から発する別の妖気に気付いた。 覚えのある、この身体に馴染みきった妖気。 「・・・皮肉なものだな。遠ざけたところでこの腹にもう子は宿っていたのだ。」 「・・・っ・・・だったら早く言えよ・・・!お前一人の問題じゃねえだろ・・・!!」 「ッ・・・言えるわけないだろう!!」 「何でだよ、喧嘩してるしてないは関係ねえだろ!」 「・・・ッ・・・」 やはり馬鹿だ。この弟は。 言えるはずがない。 子を望まぬのに孕んだと知ったら。 犬夜叉を困らせる。 犬夜叉の反応が。言葉が。怖かった。 女として惨めな思いはしたくない。 「・・・子どもは・・・ッ・・・どうする気だったんだ・・・!」 「・・・・・・産むつもりだった。」 「だったら・・・!!」 「・・・お前は気付いていなかった。・・・だから隠し通すつもりだった。冷たくあしらえばそのうちお前のほうから私の元を去っていくだろうと・・・」 やはり今日この日が瀬戸際だったのだ。 死神鬼との悶着も何事もなければ別離していた。 皮肉だが本当にこれは運命だろう。 互いを離れさせない縁だとかそうした力が何か働いたとしか思えない。 だがそもそも。 犬夜叉は急に馬鹿馬鹿しくなり何か全てに呆れたように脱力した。 |
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