「・・・あのよォ・・・」 長い前髪をくしゃくしゃと掻き毟り、チラと殺を見る。 顰められた眉。 金色の眼が蝋の灯りを映して光る。 変わらぬ綺麗な横顔。 だが怒りに満ちているはずの眼にいつもの冷たさや覇気は感じない。 切れ長の目尻からは今にも涙が零れ落ちそうで。 殺は確実に傷付いていた。 あの夜の自分の言葉に。 それだけははっきりと分かった。 「はー・・・・・・」 どうしたものか。 困った。 「殺・・・」 「・・・・・・」 「俺が全部悪かった。」 「・・・・・・っ・・・謝られてもこの腹に子を宿した事実は変わらん!・・・お前がどうだろうと私は一人でも・・・!!」 「ッイヤイヤ、待て待て、だから何でそうなるんだ!!もうそこから間違ってんだよ!」 「っ・・・」 「・・・ハ〜、・・・つーかよ・・・俺、子ども欲しくないなんて一っ言も言ってねえぞ!!」 「!!?・・・」 殺は眼を見開いた。 「確かに俺が悪かった。・・・誤解させちまって。何も知らねえでお前を責めて。放って。・・・体調の変化にも気付いてやれなかった。・・・今日のことも。殺も腹ん中の子も危うくさせた。 「・・・・・・」 幼少期の暗く辛い胸の内を殺に打ち明けて満足して安堵して。 それがとんだすれ違いを生む結果になるとは。 「・・・とにかくよ・・・・・・つまり・・・お前の腹、一番喜んでんのは俺だってことだ。」 「・・・・・・!!」 「だからもう・・・」 「では何故あのとき・・・!!・・・お前は確かに言った、私だけでいいと・・・!」 “お前がいればいい” “あんな思いはするのもさせるのもごめんだ” 「言ったな。・・・けど意味合いが違う。」 「・・・っ」 「孕んでるなんて知らなかったから言ったんだ。お前だけでいいと。二人きりでも家族は家族だと。・・・お前を貰ってから俺はガキの頃の辛い出来事をほとんど思い出さなくなった。・・・これからもし子供が出来てもお前がいれば。俺たちがいれば。あんな思いをさせる事もない。・・・そういうことだった。俺が言いたかったのは。」 「・・・・・・では全て・・・・・・」 「だから言ってんだろ、誤解だって。」 「・・・は・・・・・・」 犬夜叉は子を望んでいないわけではなかった。 心の底から満ちてくる。 欠落してしまった何かが甦り溢れてくるよう。 強張っていた身体から力が抜ける。 重苦しかった全身が一気に軽くなってゆくような開放感。 その身体を再び犬夜叉の腕が包んだ。 「殺・・・」 背後から包むように殺を抱き締める犬夜叉。 犬夜叉の熱が染み込むように体中に広がっていく。 「・・・犬夜叉・・・・・・」 己を抱く犬夜叉の腕を殺はぎゅっと掴んだ。 合わせた目線から互いへの愛情を感じ取り、唇を重ねる。 久しぶりの感触を確かめるような触れるだけの接吻。 それはすぐに濃密なものへと色を変え、静かな室内に濡れた音と吐息だけが響く。 やがて犬夜叉の唇が首筋から鎖骨へと舐めるように肌を這う。 その熱に翻弄され気付かぬうちに襟の合わせから入り込んだ犬夜叉の手。 揉みしだかれて敏感になった突起を転がすように指先で撫で付けられる。 「・・・っ・・・ア・・・」 射るような熱っぽい眼差し。 「ハ・・・ッ・・・」 愛撫を繰り返しながら徐々に殺の前へと回った犬夜叉の体が殺を押し倒す形で圧し掛かる。 そのときしっかりと犬夜叉の腕は殺を支えていた。 殺の胸に顔を埋めるように舌を這わせながらも決して体重は掛けない。 そうした気遣いと裏腹な遠慮のない指先と熱い唇に煽られて乱れる。 「・・・犬夜叉・・・っ」 殺は抱え込むように犬夜叉の首に腕を回した。 もう抑えられない。 だが急に犬夜叉の動きが止まる。 「・・・っ・・・?」 「・・・」 「・・・犬夜叉・・・?」 「・・・」 犬夜叉はゆっくり上体を起こした。 「・・・?・・・」 何故これからという場面で行為を止めるのか。 殺は怪訝そうに先を促すような眼差しで犬夜叉を見上げた。 早くこの先が欲しいのに。 「これ以上は・・・駄目だ。」 「!・・・」 己が身籠っているからか。 「大丈夫だ、少しなら・・・・・・」 「・・・殺・・・」 深く挿れたり中に出さなきゃ確かに大丈夫なのかもしれない。 まして妖怪だし。 でも。 「だから早く・・・」 「・・・違ぇ・・・これ以上は・・・俺が無理なんだよ。今始めたら“少し”で済みそうにねえ。」 衣の下で今にも爆ぜそうな熱い塊。 俺と殺は快くっても腹の子には凶器の杭だろう。 犬夜叉は乱れた殺の着物の合わせをそっと閉じた。 初めから行為を最後までするつもりはなかった。 ただその肌に触れたかったのだ。 久しぶりの抱擁。 身体は中途半端な行為のせいで昂ったままの性欲を持て余し悲鳴を上げているが、犬夜叉の心は十分満たされていた。 それは殺も同じで。 「一緒に・・・いいか?」 殺の返事を待たずにゴソゴソと殺の布団の中へ入っていく犬夜叉。 殺は無言で少し身体をずらしてやる。 そこへ潜り込んだ犬夜叉と正面で向き合う形となり、どことなく気恥ずかしくなった殺は寝返りを打ち犬夜叉に背を向けた。 犬夜叉はそんな殺の頭の下に腕をくぐらせ、殺もいつものように頭を乗せる。 「元気な子・・・産まれるといいな。」 ぼそりと小さく呟かれた言葉。 声色から照れているのが分かる。 「私の子だからな。・・・最強に決まっている。」 「・・・俺の子だからな。」 「私の子だからだ。」 「俺たちの子だからだろ。」 今度こそ犬夜叉が照れたのが分かった。 殺の肩に顔を埋める犬夜叉。 「・・・ふん・・・」 犬夜叉はそのまま殺をますます抱き込んだ。 すぐに抱き付きたがるのは癖なのか。 情事のときは男の顔なのにこうしていると甘える弟そのものだ。 でもこの腕の温もりが嫌いじゃない。 「やっべー・・・」 「・・・何が。」 「・・・俺今さー・・・すっげー幸せだよ。」 「!・・・」 あのときと同じ言葉。 でも今は。 「半妖の子なんか欲しくないって言われたらどうしようかと思ってた。」 「・・・・・・」 今更そんなこと思うわけない。 そうでなかったら一緒になどならない。 それが分かっていても犬夜叉だって本当は怖かったのだ。 「殺・・・」 「・・・・・・」 チラと横目にその顔を見ると満足げに犬夜叉は目を閉じている。 殺もまたその顔を見てそっと目を閉じた。 僅かに笑みを浮かべて。 しんしんと降る雪の夜。 穏やかな静寂に包まれて二人は深い眠りに落ちていった――――――― |
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