「・・・いい加減にしろよ。」
努めて冷静を振る舞い、その肩に手を掛けた。
「・・・っ・・・」
ようやく振り向いた殺。
こちらを鋭く見る眼。
「・・・お前、どうしたんだよ。何が気にくわないんだ。何で避けるんだよ、俺を・・・!」
「・・・ろ・・・」
「あ?」
「自分で考えろ、馬鹿!!」
「ッ・・・俺は何も覚えがねーよ!・・・何かあんなら言えばいいだろが!」
「うるさい、話すことなどない!!」
「大体今まで何処行ってたんだ、朝っぱらから・・・」
「何処だっていいだろう、私の事にいちいち干渉するな!」
「ッ・・・何だよ、その言い方・・・!!お前、俺を何だと思ってんだよ!?・・・仮にも俺たちは・・・」
「だったら、もう・・・」
「犬夜叉!・・・殺は母君のところへ行っていたのだ、それで・・・」
「御母堂んとこ・・・?」
何処にもにおいがしないからそんな気はしていたが。
りんへ小包を渡していたし。
でも何でそれを俺より先に弥勒が知っているんだ。
俺には干渉するなと言っておいて。
駄目だ、ムシャクシャする。
大体さっきこいつは何を言おうとした?
『仮にも俺たちは夫婦だろう。』
言いかけた俺の言葉を遮って。
『だったら、もう』 なんだ?
言葉の続きを制するように割って入った弥勒。
もう・・・分かんねーよ。
意味も分からず訳も分からず避けられ続けた挙句、勝手に結論は出てんのかよ?
あんまりだ。
「・・・・・・殺。」
「・・・・・・」
殺は下を向いたままだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
今これ以上何か言えば殺はきっと。
・・・駄目だ、どうすればいい?
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・俺、出てくわ。」
「!・・・・・・」
あえて殺のほうを見ず目線を逸らしたままボソリと告げた犬夜叉の言葉に殺の目線が上向き、こちらを見たのが分かったが犬夜叉は殺を見なかった。
ほっとした顔か。いつも通りの顔か。驚いた顔か。まさか哀しい顔か。
そのどれであっても今殺の顔を見るのは辛い。
「しばらく戻らねーから。お前は屋敷を好きに使えよ。」
「・・・・・・」
「ッ犬夜叉・・・っ!!・・・殺・・・」
弥勒は慌てて引き留めるべく二人を交互に見るが犬夜叉は既に駆け、見る間にその姿は小さくなってゆく。
「殺・・・ッ」
「・・・・・・」
引き留めるべきは殺。自分が犬夜叉を引き留めるのは筋が違う。
二人の問題なのだ。
弥勒は歯痒い思いで殺を見た。
「・・・・・・」
殺は黙ったままふわりと宙へ行き、その姿もまた見る間に見えなくなった。
犬夜叉と殺の想像以上に緊迫した一触即発の様子を目の当たりにしたかごめたちもさすがに不安を隠せない。
どうやらただの夫婦喧嘩ではなさそうだ。
「・・・殺さま大丈夫かなあ・・・」
「・・・ったく、どうしようもないね。あいつ・・・何だっていいから謝っちゃえばいいのに。」
「でも・・・なんか殺も様子変じゃなかった?・・・なんか怒ってるっていうより・・・」
「?」
「・・・・・・辛そうに見えたのよね。」
「・・・・・・」
かごめの言葉に珊瑚もりんもさっきの二人の様子を思い返した。
言われてみれば確かにそうかもしれない。
「ね、弥勒さまはさっき殺と何話してたのよ?」
「いや、私は・・・話っていうより・・・ただ・・・」
「法師さま、何か知ってるの?」
「いえ、何も。」
「な〜んだ〜・・・」
「ただ、もしかしたら殺は・・・」
「もしかしたら?」
「・・・・・・」
「何?」
何か考え、珊瑚をじっと見る弥勒。
神妙な面持ちで黙り込み、改めて三人を見つめると先程の殺と自分の一部始終のやりとりを伝えた―――――――――
犬夜叉はそれから本当に戻らなかった。
もう一週間になる。
主の居ない屋敷。
殺は障子を開け、外を見た。
外はまた雪が降り始めている。
粉雪が冷たい風に吹かれてふわふわと舞う。
自分とて鬼ではない。
犬夜叉の身を全く案じていないわけではない。
でも犬夜叉が出て行かなければ自分が屋敷を出ていた。
犬夜叉は短気でがさつではあるが、あれで馬鹿ではない。
きっとこの屋敷に戻る時には犬夜叉も決断している。
そして己も。
その時は・・・・・・だから互いにとって今しばらくこの距離は必要な時間だったのだ。
犬夜叉はたしかに決断していた。
あの場の流れで物を言い合えば別離は確実だった。
だから一度互いに離れるより他、繋ぎとめる方法がなかった。
なんてったって鼻がいい。例え意図的に出くわすのを回避出来ても屋敷に居れば嫌でも相手の存在を感じる。冷静ではいられないだろう。
だが姿もにおいも無くなれば、考えも変わって気持ちも動くかもしれない。
犬夜叉にとっても賭けだった。
戻ったときに殺の様子が何一つ変わっていなければ―――――――・・・おそらくもう。
それであれば事の発端の理由を問うのはもう止める。
吐かない相手に理由を問えば今度こそ修羅場だ。
だからもう、いい。
殺す為に愛したわけじゃない。
「・・・一週間か・・・・・・」
犬夜叉はスッと目を開け、脇に置いていた鉄砕牙を取るとゆっくり立ち上がった。
慣れた所作で鉄砕牙を腰に差し、雪の中へと一歩踏み出す。
雪を凌げる洞窟などを転々としながら過ごしていたが、屋敷へ戻るのだ。
意思はとうに固まっている。
舞い落ちる粉雪を見上げ、殺は最後に見た犬夜叉の姿を思い出す。
「犬夜叉・・・」
今頃どうしているのか。
うっとうしいくらい引っ付いてくる存在が居ない。
それがこんなにもこの自分を揺らす。
「ふ・・・」
今更。
自分が望んで今の現状があるのではないか。
殺は目を伏せ、そっと障子に手を掛けた。
だがその時。
「!!」
ただならぬ妖気にハッとした。
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