不本意ながら相手にもたれ掛かる形となってしまった殺。
あろうことか敵の肩口に一瞬でも顔を埋めるなど。
殺は不快な体勢を立て直すべく死神鬼の胸を押し返そうとした。
だが、手に力が入らない。

「・・・っ」

それでも身体を離そうとするが、足にも力が入らない。
酷い眩暈と全身の不調。
逆に死神鬼から今突き放されれば己は無様に地へと転がるだろう。
でも離れたい。
力を込める指先が震える。

「・・・・・・どうした?」
「・・・っ・・・」

自分は何もしていない。
予想していなかった相手の変化に死神鬼は冷笑した。

フン。どうやら本当に具合が悪いらしいな。

「・・・・・・」
「ッ・・・」

倒れまいと体勢を保つのがやっとのくせに、それでも離れようとする相手。

さて、どうするか・・・
ともかく屋敷にでも連れてやるか。

そう思い、死神鬼は殺の腰を抱き寄せた。
だが、ふと違和感を感じた。

なんだ・・・?
殺の妖気。

・・・否、“殺の妖気”ではない。
ごく僅かだが混ざっている。
別の妖気。

人間のにおい。

「・・・――――!」

まさか。

でも殺のこの様子。
この妖気。

「・・・・・・殺、お前・・・・・・」
「!!」

殺の身体が強張る。

気付かれた・・・・・・!?

この男は亡き父上を・・・今は自分を・・・恨んでいる。
“ソレ”が判れば今度は自分もろとも一族を根絶やしにしようとするかもしれない。

身に降り掛かろうとしている危機と不安と焦り。
急激に鼓動が速くなり、殺は苦しそうに胸を押さえた。

「・・・そういうことか・・・」
「・・・ッ・・・」

殺は離れようと渾身の力でもがくが、死神鬼は腕を弛めない。

「暴れるな。」
「く・・・ッ・・・」
「・・・殺されたいか?」
「!!・・・ッ」

冷酷な笑み。
何を考えているか分からない男。
殺は抵抗を止めた。
今己の命の行方はこの男の気分次第なのだ。
それにこれ以上抗う力ももう己にはない。

「・・・怯えずとも取って喰ったりせぬ。」
「ッ・・・誰が・・・!!怯えてなど・・・」
「屋敷へ連れてやるだけだ。」
「っ・・・」
「・・・フッ。・・・それにしても・・・こんな時に留守とは。選ぶ相手を間違えたのではないか?殺。ククク・・・」
「・・・・・・」
「・・・その様子ではあの半妖は知らないのか。」
「・・・・・・」
「わしならば離さずお前を傍に置くがな。」

・・・こんな男に言われずとも犬夜叉はずっと傍に居た。
飽きれるくらい・・・私の傍に。

それを・・・突き放したのは己。

「・・・・・・」
「!!?」

死神鬼は俯く殺を愉しそうに見ていたが、突然殺の後頭部を抱え込むように頭ごと引き寄せた。

「ッ・・・な、にす・・・」

驚き嫌悪する殺に死神鬼は耳元で囁くように告げる。

「早く・・・」
「ッ・・・」
「その身のこと犬夜叉に伝えたほうが良いぞ。」

死神鬼はわざと“半妖“ではなく“犬夜叉“と言い、チラと屋敷のほうを見た。

「!・・・―――――!!」

死神鬼の言い回しと己の背後を見る視線に、僅かに後ろを振り返った殺。
殺は目を見開いた。

そこに居たのは。

犬夜叉。


「・・・ッ・・・」

何か言いたいが言葉にならない。
何を言ったらいいかも分からない。

「フッ・・・」

死神鬼だけが状況を愉しむように嘲笑っている。

最悪の体調。立っているのさえやっとの殺は犬夜叉の接近に全く気付いていなかった。
いち早く犬夜叉のにおいに気付いた死神鬼は見せ付けるようにわざと顔を近付けたのだ。

既に抵抗のなかった殺。
密着した二人の様子はあたかも抱き合っているように見えただろう。

まさにその通りだった。
犬夜叉は日頃から屋敷の正面から出入りしたりしない。
回廊からそのまま柵を飛び越えて出て行くのも常だった。
この日も裏手から戻り殺を探した。
正面の敷地から殺のにおいと他者の妖気。
駆け付け、そして目の当たりにしたのがこの光景。


犬夜叉はゆっくり近付いてくる。

白と白。
舞い落ちる雪と揺れる不揃いの長い前髪でその表情がよく見えない。

未だ死神鬼の腕は殺の腰に回されたまま。

ドクドクと鼓動が鳴る。
頭に響くのは心臓の音だけ。

先に言葉を発したのはすぐ前へと立った犬夜叉だった。





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