「あたしがあんな洞窟にさえ行かなければ・・・ううん、初めから勝手な行動さえしなければ・・・」
「でも珊瑚ちゃんが悪いわけじゃないわ。弥勒さまの為に珊瑚ちゃんは薬草を見付けたかっただけだもの。まさか取り憑かれるなんて誰にも予想出来ないことよ。」
「悪いのは沼獄じゃ!」
「・・・それでも殺生丸を酷い目に合わせたのはあたしだ。・・・安易に妖怪と会話するのは危険だと知りながら、ついムキなって・・・沼獄の罠に嵌まってしまった。そこからはもう記憶が曖昧で・・・雲が掛かったように朦朧としていた。自分が何をしているのかも分からなくて・・・でも法師さまの声が聞こえて・・・法師さまの目を見た途端、急に息が苦しくなって意識がはっきりして・・・」

自分は昔の琥珀と同じ過ちを犯そうとしていた。
奈落に操られていた琥珀が父や仲間を殺めてしまったように自分も・・・

「殺生丸・・・すまなかったね。どれだけ詫びても足りないけど・・・抵抗しなかったのはあたしの身も案じてくれていたからだろう。ごめん・・・退治屋でありながら妖怪に取り憑かれたあげく、あんたを・・・」

声を震わせ、殺生丸に謝罪する珊瑚。

「勘違いするな。」
「!・・・」
「お前の為ではない。・・・姑息な手段でこの殺生丸の命を狙う卑しい輩。確実に仕留められる機を待っていただけだ。」
「殺生丸・・・」

それも事実だろう。
だがもう一つの本心を皆はちゃんと解っている。
りんのことはもちろん、皆を守る為。

「・・・ありがとう。あんたのおかげであたしは解放された。」
「お前は自分の力で沼獄を祓った。礼なら法師に言えばいい。・・・それに沼獄を片付けたのは犬夜叉だ。」
「でも本体を仕留めたのはあんただ。」
「殺生丸。・・・私からも礼を言う。」
「法師さま・・・」
「弥勒、お前もう大丈夫なのか。」
「ええ・・・だいぶ熱は下がりました。・・・もっと早く騒ぎに気付いていればこんな事態は避けられたかもしれんが・・・でも間に合って良かった。」

病に倒れてから高熱が続いて意識を保つことが出来なかった弥勒。
熱が下がり意識を取り戻したのがつい先程のことだったのだ。

「・・・珊瑚、おめーも焦りすぎなんだよ。弥勒が死ぬわけねーだろ!」
「犬夜叉!よしなさいよ、そんな言い方!!珊瑚ちゃんは弥勒さまが心配でいても立ってもいられなかったのよ!大体あんただって気が気じゃなくて沈んでたじゃない!!」
「俺ァ別にいつもと変わんねえ、弥勒のことなんか気にしてねーよ!!」
「珊瑚・・・犬夜叉の言うことも一理あるぞ。」

弥勒は諭すように珊瑚に語りかけた。

「弥勒!珊瑚は心配して嵐の中薬草を探し回っておったんじゃぞ!」
「・・・分かっています。気持ちは嬉しい。だがそんな中でお前自身に何かあったら子供たちと私はどうなる?」
「っ・・・、けど、あたしは・・・っ!」
「・・・私の掛かった病は元々大した事のない風邪のようなもの。悪化する前に寝ていれば一日で治る病気だった。お前も知っているだろう。“酒移りの十日熱”。」

―――――――酒移りの十日熱。

その名の通り酒を呑んだ者にだけ感染してゆく病。

初めは自身では気付かないほどの微熱が出る。
そのときにすぐ安静にしていれば翌日には治るような病気。
だがほとんどの者は気付かず、気付いてもただの風邪だろうと高をくくって変わらぬ日常生活を送る。
そうして動くうちに体の中で菌が増幅し高熱を出すのだ。
十日ほど寝込んだり、亡くなった者もいるという。
熱が引かず高熱が続くことからその名がついたが、実際には安静にしていれば死に至ることはなく七日目頃には皆回復に向かう。
それは弥勒にも当てはまり、臥せってから今日が六日目だった。

「ごめんなさい・・・でもあたし・・・法師さまがこのまま死んじゃったらどうしようって・・・」
「心配掛けてすまなかったな。」

珊瑚の頭を優しく撫でる弥勒。

「・・・ったく、とにかくよ!皆無事だったんだからそれでいいじゃねーか。」
「犬夜叉・・・」

しんみりしてしまった空気を一掃するような犬夜叉の声。
だが、その表情は安堵に満ちていた。

「そういや珊瑚、沼獄の野郎が撒いたっつー毒はどうやったら消えるんだよ。」
「ああ、それは問題ない。火さえ使わなければ毒には変わらないし、多分あと一刻もすれば消えると思う。それに毒消しを撒くから大丈夫だ。」
「あたしの弓でも浄化できるならあたしも手伝うわ。」
「ありがとう、かごめちゃん。・・・皆も巻き込んですまなかった。」
「いいのよ、もう。珊瑚ちゃんが元に戻ってくれて良かった。」
「そうだよ、弥勒さまも意識が戻ったし!」
「りん。・・・ごめんね。」

りんに大事な人を失うかもしれない恐怖を再び味合わせてしまった。

「・・・しょうがないことだったもの。珊瑚さまは気にしなくていいんだよ!あたしも珊瑚さまが元に戻って嬉しい。」

屈託のない笑顔。
やはりりんにはこの笑顔がいい。
珊瑚は心から思った。
そして殺生丸もその顔を見てようやくの安堵を得、もたれていた壁からゆらりと離れる。

「!殺生丸さま・・・っ動いちゃ駄目だよ、血が・・・!!」

りんは驚き、引き留めるべく殺生丸の袖に縋り付く。

まだ出血の続く身体。
深々と刺され斬られた傷口からは新たな血が滴り落ちる。

「りん、傍によるな・・・お前が汚れる。」
「殺生丸さま!!駄目だよ、休んでなきゃ・・・ッ!!」
「そうよ、殺生丸!手当てするから今日は此処で休んで!!」
「おら、地念児のところから薬草貰ってきてやるぞ!!」
「あたしが行く!雲母に乗って行ったほうが早いもの。」

皆が殺生丸に詰め寄る。
これではまるで責められているようだ。

鬱陶しい。
人間に肌など晒せるものか。冗談ではない。
第一人間などに世話になれるか。
例え命を落としたとてそれは己が行動し決めた結果。どんな怪我を負おうと人間に情けを掛けられる覚えもない。

それに己の血は妖怪を引き付ける。
此処に長居は出来ない。

だがこの者たちはそれでもこの自分を引き留めるのだろう。
まったく呆れる。

殺生丸は小さく笑み、柔らかな眼差しでりんを見つめた。

「りん、私は大丈夫だ。」
「・・・っ・・・」
「りん。」
「でも・・・」
「・・・殺生丸、りんちゃんは心配なのよ。あたしたちだって・・・そんな身体であんたを行かせるわけにはいかないの。せめてその血が止まるまでは此処に居てもらうわ。あたしたちを困らせないでよ。」

きつい顔でまるで母親のように殺生丸を引き留めるかごめ。
困惑しているのはこちらのほうだ、と殺生丸は思う。

かごめは巫女。弥勒は法師。珊瑚は退治屋。
霊力を持つ楓の家。
元来、殺生丸にとって居心地の良い場所ではない。
怪我を負っている今はとくにさっさと何処か別の清浄な場所で休みたいのが本音だ。
かといって身体には何の影響も及ばず害も成さないが、純血の大妖怪である殺生丸にとって人間が集まり衣食住をしている空間自体が快適ではないのだ。

それを真っ先に察したのが意外にも犬夜叉だった。






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