「りんちゃん!?」

りんの叫びに、かごめは何事かと振り返り傍へ駆け寄る。

「!!・・・殺生丸・・・っ!!どうしたのよ、それ・・・!!」
「・・・・・・」

殺生丸は僅かに眉を顰め、切れた手首をそのままに何も答えない。
突然の事態にりんは動揺し怯えきっている。
たった今まで穏やかだった空間が激変した原因は一体何なのか。
何故殺生丸が怪我をしているのか。

「手、見せて!とにかく手当てしなきゃ・・・っ!」
「・・・要らぬ。」
「何言ってんのよ、そんなに血が出て・・・」
「必要ない。」
「でも・・・」

殺生丸の手元へ視線をやったかごめは、手当てを拒む理由に気付いた。
彼・・・彼らにはその必要がないことを。
過去、幾度となく腹を貫かれてもほどなく完治していた犬夜叉の姿を思い出す。
殺生丸の手首はバッサリと深く切れているが実際、血はもう止まりかけている。
かごめはこの兄が妖怪で良かった、と内心で一息ついた。
だが目に入った斧にかごめは凍り付く。

瞬時に分かった。
少し離れたところに転がる血の付いた斧。
あれが殺生丸を切り付けたのは間違いない。

そして・・・それが見慣れた斧だということも。
日頃薪割りに使っていたのは弥勒。
病気で臥せている弥勒に代わり薪割りをしていたのは―――――――

「珊瑚ちゃん・・・」

かごめは信じられない思いで珊瑚を見た。
母屋の家の角に立つ珊瑚。
珊瑚はこちらをじっと見ていた。

まさか・・・まさか・・・珊瑚ちゃんが・・・
嘘。
そんなはずない。

掻き消す疑惑とは裏腹に脳裏に浮かぶ昨晩の珊瑚の冷たい目。
常なら慕い気を許す家族のような間柄なのに、その相手を前に体が強張る。
緊迫した沈黙。
だがそれは突如打ち破られる。

「!!」

珊瑚がこちらへと駆け出したのだ。
一瞬にして緊張が走る。
りんを自らの後ろへ隠すように前へ出る殺生丸。

「ごめん、どうしよう、あたし・・・っ!!」
「!?・・・珊瑚ちゃ・・・」
「殺生丸、大丈夫!?」

思いがけない珊瑚の謝罪に拍子抜けるかごめ。
殺生丸は何も言わず、平然としている。

「まさかあんただとは思わなくて・・・ほんとにごめん・・・!!ちょっと色々気が立っててさ・・・他の妖怪(ヤツ)だと思ったんだ、だから無意識に投げちまって・・・」
「・・・だからって・・・」
「ごめん・・・!」

必死で弁解する珊瑚。

薪割りをしていたら表から妖怪の気配を感じたので、即座に標的へと持っていた斧を投げてしまった、ということらしい。
理屈は分かる。
弥勒の病状が気掛かりで確かに平常心に欠けていただろうとも察しが付く。
責任感の強い珊瑚のこと。弥勒が臥せている今、もしも妖怪が襲ってきたら自分が戦いみんなのことを守る。そう思っているのも事実だろう。

だが、納得出来ない。
珊瑚が・・・珊瑚だから納得出来ない。
飛来骨を自在に操る珊瑚の腕ならば、正確に妖怪へと命中させらる。
だからかごめ達に被害は及ばない。
しかしそれは姿を見ていれば、の話だ。
妖怪の気配を感じたくらいで敵視し、むやみに刃を向けるだろうか。
相手に殺気があるか、邪悪な妖怪の気かどうかは珊瑚なら判るはずだ。
しかも慣れた殺生丸の気。
殺生丸ほどの強い妖力の気配を間違えるだろうか。
本当は姿を確認した上で斧を投げたのではないのか。
殺生丸を狙って・・・

かごめは複雑な思いで珊瑚を見つめた。

「・・・もう良い。お前はその斧を片付けろ。」
「え・・・」

珊瑚を疑うかごめを余所に、殺生丸は常と変わらぬ平然とした面持ちで言い放った。

「もうすぐあれが戻って来る。」
「!・・・でも・・・」
「面倒は御免だ。」
「・・・分かったわ。・・・でも匂いであんたの血だってもう判ってるんじゃない?」
「・・・・・・」
「分かったわよ。」

今度は目線での無言の指図にかごめはやむなく斧を拾った。

殺生丸の言う“あれ”は犬夜叉のことだ。
確かに犬夜叉がこの事態を知れば煩く騒ぎ立てるだろう。
見かけは犬猿の仲でも本心では兄弟として互いを想っているのはもう分かっている。
少なくとも犬夜叉は殺生丸を大事に想っている。
その兄が珊瑚のせいで傷付いたとなれば犬夜叉は怒り・・・悲しむかもしれない。

色々腑に落ちないところはあるが、今は丸く治めたほうが良いのかもしれない。
ただでさえ弥勒の病が気掛かりで皆気分が沈んでいるのだ。

何事も無かったように平然としている殺生丸。
殺生丸は珊瑚の言葉のままに事態を受け止め、何とも思っていない様子だ。
でも本当に、そう・・・?

かごめは不安げにチラと振り返ったが、争う様子がないのを確認するとその場を後にした。


「殺生丸さま、大丈夫・・・?」

未だ動揺し、殺生丸に寄り添うりん。
心配そうに見上げる瞳。
殺生丸はりんの頬に優しく手を添えた。

この小さな命に傷一つ付いてはならぬ。
りんに怪我がないことに殺生丸は心底安堵していた。
もちろん珊瑚の刃が初めから自分だけに向けられていたことなど分かっていたが――――――――・・・

「りん、お前も行け。」
「え・・・」
「私ももう行く。」
「殺生丸さま・・・っ」
「近いうちにまた寄る。」
「ほんと?」
「ああ。」
「でも無理しないでね、怪我・・・」
「こんなものどうとない。・・・行け。」
「うん・・・」
「りん!・・・ごめんね、怖い思いさせて・・・」

殺生丸に促され家へ戻ろうとするりんに珊瑚は声を掛けた。

「・・・ううん・・・、・・・早く弥勒さまの病気治るといいね!・・・珊瑚さまも無理しないでちゃんと休まないとだめだよ!」

まだ動揺を引きずるぎこちない笑顔を向け、複雑な思いで珊瑚を気遣うりん。
先程の珊瑚の懸命な弁解を聞いた上で責めるつもりはないが、心の奥に引っ掛かった腑に落ちない何かをりんもまた感じていた。
だが今目にしているのは詫びの気持ちでいっぱいの罪悪感に満ちた珊瑚。
これ以上、事を騒ぎ立てては珊瑚が気の毒だ。
殺生丸を、珊瑚を・・・信じよう。
りんは二人に軽く会釈し、家の中へと入った。






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