珊瑚と殺生丸、二人きり。
殺生丸はスッと珊瑚を見据えた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

一見すると珊瑚に変わった様子はなく申し訳なさそうに殺生丸を見つめているが、妖気に気付かない殺生丸ではない。
此処に来たときから僅かではあるが異質な妖気を感じ取り、それは裏手にいる人間・・・珊瑚からだと判っていた。
おおよそ何かに取り憑かれでもしたのだろう。
どれ程抑えても滲み出る殺気は隠しきれるものではない。それが己に向けられているのなら尚更だ。
だが向かって来ない相手にわざわざこちらからけしかけてやる必要もなければ、かといって珊瑚に憑いた妖怪を祓ってやる義理もない。
それにこんな場所で下手に闘えばりんはおろか人間たちに被害が及ぶ。
現状りんたちに危害が加わっていないということは狙いはやはり己だけなのだろう。
そう思い殺生丸は放っておいたのだ。

その油断がこの事態を招いたわけだが、まさか自分が人間相手に手傷を負わされるとは思っていなかった。
飛んできた斧をなぎ払い深手を負った右手。
殺意そのものの威力。
斧は的確に殺生丸の首を狙っていた。
もしこれが邪見や七宝であったなら手首もろとも首が落ちてる。
“所詮は人間”と侮っていたが珊瑚は飛来骨の使い手。犬夜叉たちと共に奈落と闘い、数々の修羅場を潜り抜けてきた女。


どうやらこの一件、放置は出来ないようだ。
りんが巻き込まれる前に早々に片を付けるか。だが―――――――

「!・・・」

殺生丸はふと斜め向こうの空を見上げた。

赤い衣。
雲母に乗った犬夜叉と七宝。

殺生丸の予想より早く戻って来たが、無論それは犬夜叉が殺生丸の身を案じてのこと。
犬夜叉は七宝を連れて山や川で食料を獲っていたが、殺生丸の血の匂いを嗅ぎ取り途中で引き上げたのだ。

「殺生丸ーー!!」

あっという間にその姿はすぐそこまで迫り、殺生丸へと向かって来る。

「・・・今日はほんの小手調べさ。」
「!!」

突如として発せられた挑発的な言葉。
冷淡な口調。
殺生丸は珊瑚を見据えた。
声は珊瑚そのものだが、やはり珊瑚には何かが乗り移っている。

「あいつに見付かっちゃあ色々面倒そうだ。今日は見逃してやるよ。」
「・・・・・・」
「・・・クク・・・お前の血はさぞや極上の味がするんだろうね・・・」
「・・・貴様何者だ。」
「すぐに分かるさ。最もそのときがお前の最期だけどね・・・」
「・・・・・・」
「いいかい、逃げるんじゃないよ。さもないと・・・」

チラと母屋へ目をやる珊瑚。
その意図するところを察した殺生丸は殺気を滾らせ射殺すように珊瑚を睨み付けた。

突如膨れ上がった強大な妖力に珊瑚の中の妖怪はたじろぐ。
やはりこんな大物に手を出したのは失敗だったか。
だが、すぐに思い直す。
この男はこの女を殺せない。この肉体に憑いている限りこちらが優勢なのだ。
どうあってもこの男を我が血肉の糧にする――――――!!

「必ずまた此処へ来い。」
「・・・言われずとも逃げたりせぬ。・・・貴様も聞いていただろう。先程“近いうちに来ると言ったはずだ。」

それはもちろんりんに向けて言った言葉だったが、珊瑚・・・この妖怪が傍で聞いているのを分かった上で放った言葉でもあった。

「ふ・・・楽しみだね。」

そういうと珊瑚は母屋の裏手へと歩き出した。

「殺生丸!」

そこへ犬夜叉が雲母と共に降り立つ。
犬夜叉の肩に乗っていた七宝もぴょんと下へ降り、辺りを見回す。

「何も変わっておらんではないか。犬夜叉の勘違いではないのか?」
「そんなはずねえ。」
「でも殺生丸もぴんぴんしておるぞ。」
「・・・おい、珊瑚!何か変わったことなかったか!?」

裏手へ歩く珊瑚に問いかける。

「何かって・・・どうかしたのか?こっちは別に何もないけど。それより食料は獲れたのかい?」
「お、おう・・・」
「わあ、美味しそうな魚じゃないか。茸も沢山採れたんだね。かごめちゃんたち喜ぶよ。早く持っていきな。あたしも薪を片付けなきゃ。おいで、雲母!」
「ミ〜!」
「おらも手伝うぞ!」

化け猫からすぐにいつもの小さな姿に戻り、何の躊躇いもなく珊瑚の後を追いかける雲母と七宝。
殺生丸はその様子を見て合点がいく。

自分よりは劣るにしても鼻の利く犬夜叉が珊瑚の変化に気付かない訳。
珊瑚には雲母が四六時中くっ付いているし、七宝がいつも近くに居る。
彼らの妖気が染み付いたこの楓の家では、珊瑚の中のごく僅かな妖気になど気付かないのだろう。
それは彼らにとっても同じで。殺気がない以上、珊瑚から発する妖気は互いの妖気に紛れて嗅ぎ取れない。
それ程までに珊瑚の中に取り憑いた妖怪は小さいということ。


「・・・なるほどな・・・」

やはり、そうか。

殺生丸はある確信を得て、歩き出す。
だが、犬夜叉は一人納得がいかずに訝しげな表情で殺生丸を見つめた。

出掛ける前と変わらず辺りに散乱している枝や葉。嵐の爪痕。
皆の様子もいつも通り。
でも。
気のせいではない。
山の中で確かに感じた殺生丸からの血の匂い。
そして今も。

「おい。」
「・・・・・・」
「おい!」
「・・・・・・」
「殺生丸!」

犬夜叉の強い口調に殺生丸は歩を止め、面倒臭そうに振り返った。

「・・・何だ。」
「・・・どっか怪我したんじゃねえのか、お前。」
「・・・・・・」






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