「何があった?」
「・・・・・・」
「答えろ。」
「うるさい。」
「・・・ッ、こっちはてめーの・・・っ・・・」

出掛かった言葉をぎりぎりで飲み込む。
『心配をした』なんて口が裂けても言えない。
だから言い方を変えてみる。

「・・・あのなあ、何かあったのなんて俺にはバレバレなんだよ!てめーだってそれくらい分かってんだろ!?」
「・・・・・・」

もちろん分かっている。
だがこれが無意味なやり取りだということも互いに分かっている。
追求したところで口を開くわけがないと分かっていて問いただす犬夜叉。
己の血の匂いをとっくに嗅ぎ取られていると承知の上で白を切る殺生丸。

「なんかと闘ったのかよ?そんな臭いはしなかったが・・・とにかく、おめーのせいで妙なとばっちりくっちゃたまんねーからな!」
「・・・貴様に話すことなどない。」

この半妖に今説明している暇はない。
嫌でもじきに判る事だ。

次に、此処へ来た時に。

殺生丸はふわりと上空へ浮かんだ。

「あっ、てめえ!!まだ話終わってねーだろ!!」

もはや犬夜叉を完全に無視し、妖気の光を纏い高く浮上していく殺生丸。

「ッ・・・待ちやがれ、殺生丸・・・!!」

制止も虚しくその姿はあっという間に山間へと消えていった。

「・・・殺生丸・・・」

犬夜叉はギリと唇を噛み締めた。

あの兄が自分に真相を話すわけもなく、まして頼るはずがない。
常から相手にもされていないのに。
そんなこと分かってる。

大体、あいつは敵無しだ。
爆砕牙を手にしている以上、敵う者などいない。

でも・・・りんの存在ひとつでお前は強くて弱い。
守る命の為に自分の命を懸けてしまう。

今回のこと―――――――・・・何か嫌な予感がする。

さっき殺生丸が上空へ行く際に確かに見た。
揺れる着物の袂と袖口が赤く染まっているのを。
同時に僅かだが一瞬香ったまだ新しい血の匂い。

昨日の暴雨でぬかるむほど土が湿っているせいで判らなかったが・・・殺生丸の居た場所をよく見ると所々赤黒く染まっている。
やはり此処で怪我をしたのは間違いない。

だが、七宝の言うとおり“変わった様子”がない。何一つ。

何故、騒ぎが起こっていない?

殺生丸に何かあればりんが黙っていないだろう。
闘いがあったのならその痕跡があるはず。
かごめだって不在にしていた俺に理不尽承知で食って掛かる。
それに何かあったなら珊瑚がさっき言うはずだ。あんなに上手くとぼけられる奴じゃない。

じゃあ単に殺生丸は何か不注意で怪我をしただけなのか。
そりゃ殺生丸だって怪我の一つや二つするかもしれない。

「・・・・・・ふ・・・」

・・・怪我だって? ありえねーだろ。

他の妖怪に襲われたのならともかく、殺生丸が怪我なんかするか。
それだって殺生丸が手傷を負うことは無に等しい。
第一りんと会っている間どこにそんな要素があるんだ。
山で感じたのは殺生丸の血の匂いだけ。
此処に来る間も他の妖怪の臭いなんてしなかった。

一体何がどうなってるんだよ・・・

「・・・チッ・・・訳分かんねー・・・」

でも皆も周りも変わりがないなら、現状何も問題はないのだ。
今は弥勒のこともあるし、わざわざ自分が騒ぎを作って皆の心を掻き乱し心配の種をまくのは避けたい。

「・・・・・・」

犬夜叉は食料の入った籠を掴み、裏手から聞こえる七宝と珊瑚の普段と変わらぬ他愛ない会話を耳にしながら家の中へと入っていった。

嵐と食料切れが重なって昨日からろくに食べていないせいもあり、犬夜叉が持ってきた大量の食料に家の中からも賑やかな声がとび、他愛ない会話が始まる。
弥勒のことで皆がどことなく沈んでいたが、このときばかりは明るく和やかに会話が弾む。

りん、かごめ、犬夜叉。
三者がもしこのとき殺生丸の怪我のことを口にしていたら、あんな惨事は免れたかもしれない。
だが共通して弥勒のこと。
加えてりんとかごめには珊瑚のことがあった。
それだってまだ確定した事実ではない。
家族同様の仲間を疑うなどしたくはない。
言ってしまいたい思いが喉のすぐそこまで出掛かるのに、互いに何も言えなかった。
それぞれへの配慮と優しさ故に――――――――









それから二日後。
殺生丸は楓の家の前に立っていた。

自身で言ったとおりに早々に再び楓の家へ足を運んだ殺生丸。
間の空かない来訪にりんはさぞや喜ぶことだろう。
だが、嬉々として待っていたのはりんではなかった。

「来たね。」

口端を吊り上げ、嘲笑うような笑みを浮かべながら家から出て来たのは珊瑚。

「・・・ふふ・・・待ち侘びたよ。今か今かと・・・」
「・・・・・・」
「こんなに早く来るとは思わなかったけどね・・・よほどあの小娘が大事なんだね。」
「・・・・・・」

殺生丸はその言葉に僅かに反応し珊瑚を鋭く見やった。

「お〜、怖い、怖い!ハハハ・・・ふん、安心しな。何もしてやしないよ。・・・もっともお前次第だけどね。」
「・・・ならば、さっさと済ませろ。貴様の目的はこの殺生丸の命だろう。」
「ハッ!・・・やっぱりお前はそこらの雑魚妖怪とは格が違うね、お前に目を付けたのは正解だったよ!あたしは運がいい!ククク・・・」
「その言葉、すぐに後悔することになる。」
「・・・大したもんだ。自分がもうすぐ死ぬってのに・・・ふ、まあいい。望みどおりさっさと終わらそうじゃないか。こっちへ来な。」
「・・・何・・・?」

これまで冷静だった殺生丸だが、そこで初めて眉を顰め相手の指示に難色を見せた。

「早く来な。」
「・・・・・・」

出来ればこの家・・・りんやかごめたちから珊瑚を離し、この一件を終わらせるつもりだった殺生丸。
珊瑚もこの家に居住している以上りんを既に人質に取られているも同然なのは承知だったし、だからこそ早急に算段を付けて此処に来た。
だがまさか家の中へ招かれるとは想定もしていなかった。

犬夜叉が居ないことはにおいで初めから判っている。
初めから当てにもしていないが、離れに居る楓たちも含めてこの家一帯・・・人間たちの盾代わりくらいにはなるだろうと踏んでいたのに。
この肝心なときに・・・!

殺生丸は内心で舌打ちした。






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