「―――――」
目の当たりにした光景に絶句する犬夜叉。
「犬夜叉、殺生丸は・・・!!―――――・・・」
続いて来たかごめもあまりの惨状に驚愕し立ち尽くす。
犬夜叉は雲母を連れてかごめと共に地念児のところまで行っていたが楓の村へ戻る道中で二日前と同じ・・・否、二日前の比ではない殺生丸の血の匂いに焦燥し、雲母の出来うる限りの速さで帰って来たのだ。
そのとき初めてかごめからこれまでの珊瑚の様子や殺生丸の怪我の一件を聴き、あのとき感じた胸騒ぎが現実となったことに犬夜叉は歯噛みする思いだった。
事が起こる前に何も出来なかった。
それどころか又も不在にした。
何故よりによって自分が居ないときに!
だがそれは珊瑚の作為によるもの。
殺生丸が現れたときに邪魔が入らぬように。
珊瑚は昨日も何かと用事を言い付けては犬夜叉を外へ使いにやり、この日は地念児の処にある薬草の実と楓が作った薬を合わせて煎じれば弥勒の病状が和らぐ、などと全くの嘘を言ってかごめと一緒に出掛けるよう仕向けた。
すっかり訊きそびれていたが、かごめはそれが珊瑚の言う弥勒の病を治す為の『他の方法』だと思い込み何の疑問も持たずに地念児の元へ出向いた。
嵐の日、珊瑚が見せた冷たい眼。
珊瑚の投げた斧で手首を大怪我した殺生丸。
気のせいでも不運な事故でもない。
信じたくない思いと殺生丸含め皆の安否への不安が交錯しかごめも犬夜叉も尋常ではない心境の帰路。
そうして着いた楓の村。
家へ近付くと雲母の着地を待たずに犬夜叉は真っ先に飛び降り、勢いのまま家の戸をなぎ倒したのだった。
「・・・チッ、いいところで・・・」
疎ましそうに犬夜叉を見やる珊瑚。
「――――・・・」
犬夜叉の体を震えるような感覚が走る。
恐怖からではない。
信頼していた珊瑚への戸惑いと衝撃。
だがそれ以上に。
体の奥から全身へと沸き上がる燃えるような怒り。
白い髪。
白い肌。
白い着物。
見慣れた白。凛とした姿。
それが対照的な夥しい血の赤に染まっている。
半身に掛かる純白の毛皮までもまだらな赤に染め、珊瑚と対峙している殺生丸。
どんな理由と経緯でこうなったのかは知らない。
一つ確実に判っているのは珊瑚が殺生丸を傷付けたということ。
「珊瑚、てめえ・・・・・・」
殺気に近い闘志を滾らせた眼で犬夜叉は珊瑚を見た。
「・・・珊瑚ちゃん、何で・・・」
声が震える。
緊迫した状況下の中、かごめの脳裏を残酷な予感がよぎる。
犬夜叉は殺生丸を守る為なら闘いも辞さないだろう。
その眼からそれが分かる。
殺生丸は犬夜叉にとって実の兄で残されたたった一人の肉親。
犬夜叉は昔から甘っちょろい男だが、肝心なときの選択は間違えない。
たった一つしか選べない事態になったら自分にとっての唯一を守るだろう。
その為なら冷酷にもなれる。
犬夜叉とて妖怪。大妖怪である父・闘牙王の血を引く身。
苦楽を共にし死闘を乗り越えた仲間よりも犬夜叉は殺生丸を選ぶ。
「・・・犬夜叉・・・!」
かごめは犬夜叉に近寄ろうとするが、足を止めた。
恐ろしいまでの妖気を犬夜叉自身から、そして鉄砕牙からも感じる。
人間を護る刀でもあるはずの鉄砕牙から。
今にも妖怪化してしまいそう程怒りに満ちた犬夜叉の眼。
犬夜叉の手が鉄砕牙の柄に掛かる。
もう止められないかもしれない。
だが鉄砕牙の威力と犬夜叉の本質を知らない珊瑚の中の妖怪は動じることもなく、嘲笑う。
「その刀でどうしようっていうんだい。まさかあたしを殺す気なのか、犬夜叉。」
「うるせえーッ!!」
呼ぶな!!その声で!!珊瑚の姿で!!
犬夜叉は怒りのあまり理性を失い掛けていたが鉄砕牙に触れたことで妖怪化が抑えられ、相手の発する殺気と相まって僅かではあるが異質な妖気を嗅ぎ取ることが出来たのだ。
そこに居るのは珊瑚であって珊瑚ではない。
自身の爪を武器に駆け出す犬夜叉。
「犬夜叉!!」
凛とした強い声。
殺生丸。
駆け出す犬夜叉に鋭い制止を掛けたのは殺生丸だった。
犬夜叉は苛立ちと怒りの混じった複雑な眼で殺生丸を見る。
己が近付くことを拒む眼。
その刹那、兇器と化した珊瑚の包丁が再び殺生丸に牙を剥く。
ドガッ!!
「・・・ッ・・・」
「!!殺生丸・・・ッ!!」
毛皮をかすめて壁に縫い付けるように刺された右腕。
刃は腕を貫通し、切っ先は壁に突き刺さっている。
「てめーーッッ!!!!」
目の前で起こった惨事に犬夜叉は激昂する。
「ッ・・・邪魔をするな!」
「!!・・・ッ」
駆け寄ろうする犬夜叉の動向を察して今度は確実な制止の言葉を口にする殺生丸。
何でだ、何でだよ・・・・・・っ!!!!
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