「あの男・・・白い髪の男を殺せ。」
「!!」

女の脳裏に赤い衣の半妖が見えた。

「ああ、そっちではない。白い毛皮を纏った男のほうだ。」
「・・・ッ・・・何の為にあたしがあいつを・・・」
「純血の妖怪・・・それも遥かに強い妖力を持った妖怪の心臓。それを喰わせれば法師の病は治るぞ。」
「!!・・・嘘を付くな・・・っ!!・・・それより・・・あたしの意識を解放しろ・・・ッ」
「お前、法師を助けたいのではないのか。」
「っ・・・例えその話が本当であっても法師さまがそんなことをして喜ぶものか・・・!!あたしだって・・・あいつは仲間なんだ・・・っ・・・」
「・・・・・・フン、だから嫌いだよ。人間は!」
「!!」

あたしは牙で自分の肉をもぎ取った。
その肉片に意識を移し、女の口の中へ飛び込む。

「ゥグ!!」

そして体内へと潜り込んだ。

「ゲホッ、ゲホッ・・・ゥエッ・・・ゲホッ・・・」

女はしばらく咳き込んでいたが、ようやく馴染んできたようだ。
今度は女の体内から直接意識を操るように話しかけてみる。

「あの男を殺せ。」
「・・・・・・」
「法師を助けたいだろう?」
「はい・・・」
「ならばあの男を殺せ。」
「・・・はい・・・」
「心臓を抉り出すのだ。そして法師を救え。」
「はい・・・!」


女は完全に堕ちた。

あたしは自分の本体から肉片へと全ての魂を移した。
これでもう自在に女を操ることが出来る。
あとは様子を見ながらじっくり機会を待てばいい。
この女の中に入れば体が干乾びることもない。
取り出した心臓もこの女を使って此処まで運ばせればいいだけ。

そうして“あたし”は楓の村とやらへ帰った。










「・・・分かっただろう?あたしがこの女に取り憑いた訳が。こいつらにもこの男にも何の怨みもないが仕方ないのさ。」

話を終えた珊瑚は満足そうに冷酷な笑みを浮かべた。
そして壁へもたれている殺生丸の頬に触れるとゆっくり手を上へすべらせ、前髪をかき上げるように優しく掴む。
本来とても手が出せる相手ではない大妖怪を思うまま血祭りに上げた愉悦。
もう珊瑚・・・否、化けコウモリ・沼獄には己の復活のことしか頭にない。
あとはこの胸に刃を突き立てるだけ。
綺麗な顔が苦痛に歪み悶える様を想像するだけで恍惚となる。

「さあ、おしゃべりは終いだよ・・・!」

珊瑚は掴んでいる前髪ごと、グイと殺生丸を上向かせた。

包丁を振り上げる珊瑚。

「!!」

殺生丸!!!!

信じる思いと絶望と。二つの感情が入り混じり、犬夜叉は目を見開いた。

「!!!!・・・ッ」

時が止まったような一瞬。

七宝もりんもかごめもその光景を信じられない思いで見つめた。

「・・・残念だったな・・・」

静かに響く凛とした声。

珊瑚の刃が殺生丸に突き刺さることはなかった。
出来なかったのだ。
鳩尾に食い込む殺生丸の右手。

「・・・お前・・・ッ!!」

突然の反撃に驚愕していた珊瑚の表情は見る間に恐ろしいまでの怒りの形相へと変わる。

「・・・殺生丸・・・!」

震える声で殺生丸の名を口にするかごめ。
妖怪に取り憑かれていても“珊瑚”は人間。
貫かれれば致命傷だ。
殺生丸が珊瑚を・・・

手を引き抜く殺生丸。
血の滲んだ珊瑚の胸元。

最悪の終止符――――――――

誰もがそう思った。だが。

「!・・・あ!・・・見ろ・・・!殺生丸がマッチを持っておる!!」

怯えながらもかごめの肩から降りた七宝が指差す。
殺生丸の手元に目をやると、血塗れたその手には確かにマッチが握られていた。
珊瑚の着物は少し切れているものの、体には傷一つ付いていない。
赤く染まったのも、全て殺生丸の血。
先程珊瑚に刺され夥しく出血した右腕。
その右手でわざわざマッチを掴み出した理由。

ジュッ

紫を帯びた黒煙が上がり、瞬時に消滅したマッチ。
殺生丸の毒爪。

「クソ・・・!!」

恨めしそうに殺生丸を睨み付ける珊瑚。
人質を失ったも同然の珊瑚。
これでもう犬夜叉は思うままに反撃出来るし、珊瑚の凶行を食い止められる。
そしてこれ以上の危害から殺生丸を守ってやれる。

「・・・ッ・・・心臓さえ・・・心臓さえあれば復活出来るんだ・・・!!本体に戻ってお前の心臓を喰いさえすれば・・・ッ!!」
「・・・ふ・・・」

壁にもたれたまま殺生丸は小さく笑った。

「何が可笑しい!!」
「・・・無駄なことだ。」
「!?」
「“本体”はもう無いぞ。」
「!!?・・・・・・どういう意味だ・・・・・・!!」
「沼獄・・・貴様の本体は無い、と言ったのだ。」
「・・・何・・・!?」

殺生丸の言葉に動揺する珊瑚だが、それ以上に。

「・・・ッ・・・」

血塗れた凄惨な姿とは裏腹にその眼は鋭く珊瑚を見据え、薄く笑みを浮かべている。
体中に深い手傷を負い圧倒的に不利なのは違いないはずなのに、どこからその余裕がくるのか。

「貴様の本体は始末してある。」
「!!!!・・・な・・・」
「・・・初めから本体はおそらく別の場所にあるのだろうと思ったが・・・僅かではあるが貴様からは己の臭いの他に湿った土や水のにおいがしていた。だからその臭いを覚え、本体を探した。・・・そして洞窟の中で化けコウモリ・・・貴様の姿を見付けたのだ。」






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