相生    9P




 


「・・・勝手ばっか言ってんじゃねーよ・・・!・・・大体てめえ俺には稽古のときも蔑む事しか言わなかったし一緒に住んでからも散々な言い様だったじゃねーか。」
「・・・・・・そうすれば・・・今度こそお前が罪の意識から解放されてそのうち私から離れる。元々素行の良いお前のこと、自分の道を真っ直ぐに歩んで行くだろうと思ったからだ。」

 ・・・『素行が良い』・・・?馬鹿か、こいつ。

「あのなあ・・・お前、俺の何を見て来たんだよ。・・・俺の育った家庭環境は耳にしてんだろ。」
「ああ。」
「だったら・・・」
「お前は確かに品行方正ではないな。・・・でも私はお前が粗悪な人間だとは思っていない。・・・お前はあの家に来て何一つ欲しなかった。母もお前のそういうところを見抜いたのだろう。・・・ふっ・・・私に物怖じせず自分を通して向かってきたのはお前が初めてだったな。・・・・・・お前の過去・・・環境も・・・お前次第ではなかったのか。体裁や世間体を考えているだけなら施設に預けて縁を切っていただろう。お前の言い方を真似て言うなら、それこそ世間からお前が馬鹿にされない為にお前の周囲は必死でお前を育てたのではないのか。」
「・・・・・・」

 礼も言わず逃げるように去った地。
 親戚の家での暮らしが目に浮かんだ。
 やり場の無い怒りの矛先を物に向けて当たり散らして家の中をめちゃくちゃにしたこともあった。
 それでも優しく接してくれた叔母。
 懐いてくれたのに泣かせてばかりだった従兄弟。
 俺を更生させる為に必死だった祖父母・・・
 あの頃世話になった人間の顔が次々と浮かんで俺は殺生丸の首元に顔を埋めたまま声を殺して泣いた。

 俺の肩に置かれた殺生丸の冷たい手が温かいと思った。

「・・・・・・お前に対して酷い扱いをしたのは悪かった。私は・・・そういうやり方しか出来なかったのだ。それでもまだ私に対して復讐したいなら・・・」
「ふざけんなよ・・・!!」
「!ッ・・・犬夜叉・・・っ、苦し・・・」
「てめえ、俺が今まで・・・ッ、復讐心だけでヤってたと本気で思ってんのかよ!?」
「!?・・・」
「・・・・・・っんとに、馬鹿かよ、てめえ!?」
「・・・・・・」
「俺が“あの家で何も欲しなかった“・・・・・・?・・・欲してたよ、ずっと・・・一つだけ・・・」
「・・・・・・」
「・・・俺は・・・ッ、・・・・・・お前が必要なんだよ!!・・・家族愛とかじゃなく・・・お前が・・・

――――・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 思わず力が入り強く抱き締めていた腕を緩め、少しだけ上体を起こし殺生丸を見た。
 残りの言葉が言えず俺は黙ったが、眼を見て気持ちを悟ったのだろう。
 殺生丸は本当に驚いてどうしたら良いか分からぬ面持ちで俺を見ていた。

「・・・そんな素振りは見せなかった。・・・今までそんな事一言も言わなかったではないか。」
「当たり前だろ、言えるか!!」
「・・・・・・性欲を持て余してのDV・・・性暴力かと思っていた。」

 そんな事冷静に分析すんなよ。
 でも確かに客観的に見れば俺のしてきた事はそういう事だ。

「それだけで男相手に勃つかよ、毎晩毎晩。」
「・・・・・・本気で言っているのか。」
「・・・本気だよ。」

 滅多にない、いや、初めて見ただろう。殺生丸のこんな顔。
 動揺し焦りを隠すように泳ぐ眼。熱っぽく仄かに赤くなった目元と耳。
 唇に触れたのは初めて暴行したあの夜以来。

 恥じらいは無かった。
 近付く顔を相手は避けなかったから。
 病人相手に俺は無意識に舌を捩じ込み絡ませていた。

 看護婦がドアをノックしなければ何時まで貪っていたか知れない。












 何で殺生丸があの時キスを拒まなかったのかは分からない。
 この一件で和解はしたが想いが通じ相思相愛になった訳ではないだろう。
 俺は殺生丸に許されない事を犯してきた。
 本当の意味で互いを知り深過ぎる溝と思い違いを埋めるのはきっとこれからだ。


 殺生丸は一週間程で退院出来たが、医者からしばらくの安静を申し渡され、自宅療養を余儀無くされた。

 入院していたたった一週間の間に友人らしき人間や仕事関係、様々な顔ぶれが病室を訪れ、殺生丸の日頃からの人徳が伺えた。
 あの男・・・死神鬼も姿を見せたが、今度は会釈し兄を見舞ってくれた礼を言った。置いていった封を開けるとこっちが気を遣うぐらいの見舞い金が入っていたので、すぐ返そうかと思ったが貰った金を突き返すのも妙だと後日快気祝いとして相応の品を送った。
 常人の金銭感覚とは違うが、この男の観念もまた人と違う。俺が殺生丸にした事におおよそ気付いているのに偏見を持たずに接してだんまりを貫いてくれた。
 殺生丸がそうだから周りにもそういう人間が集まる。本当にこれは本人の人徳だろう。


 殺生丸が俺に向ける表情は以前よりずっと穏やかで、冗談を交えた会話で時折見せる笑顔に俺はどぎまぎしていた。

 打ち解けるうちに知らない一面が次々と出てくる。
 その度に惹かれる。一昨日より。昨日より。今日より。明日も。


 退院し自宅に戻ってから俺は殺生丸との接触を避け、再び大学へ通い始めた。
 ケジメを付ける為でもあるが、四六時中一緒に居ると衝動を抑えられなくなる自分が怖いからだ。
 殺生丸の概念も通常とどこかズレてるのか、あの女に似てよほど人格者なのか、俺を気味悪がったり避けたりもせず態度は普通だった。
 弟の俺に散々暴行を受けた日々を何とも思わない筈はないのに、俺の本当の気持ちを知ったことで全部受け止めた。
 殺生丸には不を可に変える、持って生まれた器量がある。
 きっとこれからもっと多くの人間がお前に惹かれるだろう。









「明日の今頃は何してるかな・・・俺。」
「・・・酒でも呑んでるんじゃないのか。」
「ふ・・・イヤ、疲れて寝てんだろ。」
「シカゴから乗り継いでボストンか・・・・・・日本からだと13時間のフライトだな。」
「ああ。」
「・・・・・・お前はたまに人相が悪い。」
「?・・・」
「死なんようにな。」
「はあ?」
「むやみにポケットに手を突っ込むな。」
「??」
「安易に売られた喧嘩を買うな。」
「・・・何だよ、さっきから?」
「アメリカは銃社会だ。・・・お前みたいな奴は撃たれかねない。」
「・・・ブッ、ハハハ!今どき・・・普通に生活してりゃ発砲なんかされねえよ。・・・でも何だ、心配してくれんの?」
「“心配”じゃない。警告してやってるんだ。」
「・・・ふーん。」
「何をニヤけてる。」
「別に。」

 家族らしい談話。
 こんな会話が出来るのも今夜が最後だ。

 殺生丸が退院してからこの僅か一ヶ月で俺と殺生丸は本当の家族のような関係になった。
 否、もちろん異母兄弟だから最初から血縁者であり家族だった。
 でも俺にとっては出逢ったときから少し違っている。
 猛烈に惹かれ、家族以上の想いをお前に抱きお前を欲した。

 そして今も。

「もう寝るよ。」
「ああ。私ももう休む。・・・明日は空港まで送ってやる。」
「うん。」


 せっかく入った大学を中退しボストンへの留学を決めたのは語学を学ぶ為じゃない。
 お前を俺から自由にしたかった。
 お前が俺の事を考えてくれていたように俺もお前を考えた。
 俺はお前から解放される日なんか永遠に来ない。
 だから離れる。




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