1P
かすみの楔 −背徳− 寒い。 背中が。 俺はぼんやり目を開けた。 どれくらい寝ていたのだろう。 いくら空調が効いているといっても広い間取りだ。しかも最上階の角部屋で今は真冬。素っ裸で寝てりゃ身体が冷える。 でも相手と密着している肌と肌だけは温かい。 相手の状態も今は静かに落ち着いているようだった。ヤバかった呼吸も安定し引き付けも治まっている。 チラとベッドの脇にあるデジタル時計に目をやると3時半だった。おそらく寝ていたのは1時間位だろう。 だんだんと目が冴えてくるにつれ本当に背中が冷えてくるのを感じたが、離れたくなくて殺生丸の首元に再び顔を埋め目を閉じた。 ベッドの隅に追いやった布団を被ればよいだけのことだが、そんな動作すら今は億劫だった。 それに俺が上に重なってりゃ殺生丸が風邪を引くことはないだろう。その前にもっと心配すべきことがあるのに、そんなことを思った。 ぶっ飛んだ事をやらかしてある種開き直り俺はもう本当に狂ってしまったのかもしれない。 トク、トク、と規則正しい脈音。 首元に感じる温もり。 “あ、生きてる”・・・殺していなかった。安心とか心配とかではなく、今更漠然とそう思う。 生きていても殺していてももはや引き返せない現状を前に焦る理由が何一つないからなのかもしれない。 完全なるエゴイズムだ。俺の覚悟の程がどうであれ、相手をメチャクチャにして相手の生死さえ覚悟の内に入れるなんて。 本物の馬鹿ほど怖いものはない。世間一般ではこういう妄想者をストーカーとか呼ぶんじゃないのか。 でもいよいよ背中が寒い。 それにそろそろ体もどうにかしねーと・・・俺は上体を起こし、とりあえず相手の手首からベルトを外した。 違和感なく夜目が効いたことでふと気付いたが、この家は月明かりが良く入る。 青白い光。 殺生丸の部屋にまともに入ったのは今夜初めてだが、こんなに月明かりが入るんだな。この部屋は。 綺麗な満月。 カーテンを付けないのは付ける必要がないからか。余計な物を置くのが嫌いなお前らしい。 俺はそうして少しの間、殺生丸を見下ろしていた。 女くささは少しもないのに何故これ程好きになってしまったのだろう。 綺麗な顔も。 無駄なく筋肉のついたしなやかな身体も。 容姿はたしかに他より秀でて美しいし要因にはなるかもしれないが、そういったことは一部に過ぎない。 何より惹かれたのはお前の眼。俺がずっと見てきたお前。 お前がお前である全部が俺には愛しいんだ。 でももう戻れない。 最初で最後の夜。そのつもりでこの夜に全てを懸けた。 お前と出逢えた時から今に至るまで全てが俺には夢物語だったよ。 どんなに冷たくされても好きだった。 だけど限界だった。 俺は男だから。穴が開く程見つめたりただ想ってるだけで満足とかそんなんじゃ無理。そんなのは自分に酔ってるだけのキレイ事。 二人きりで一緒に住んでて体が欲しくなるのは当然だろう。 好きな奴を前にして勃たないほうがおかしい。 膝立ちをし殺生丸の顔を見つめていたら屋敷に居た頃からの思い出が走馬灯のように過ぎり、俺は何故か泣いていた。 胸の奥が締め付けられるように痛い。 そういえば行為の最中キスもしていなかったな・・・ そっと髪に触れ顎のラインをなぞり、俺は上体を屈めた。 だが触れ合った大腿が擦れた時、違和感を感じた。 下半身にヌルつく感触。 てっきり自分の出したモノかと思ったが、そうじゃない。 密着していたから体温で気付かなかったが、体を離したことで冷えた空気に晒され、ようやく分かった。 やけにシーツが冷たく湿っている事。 もちろん自分のモノだって染みているだろうが、違う。 でもまさか。 自分の酒臭さも手伝って気付かなかったが、相手の下半身に鼻を近付けてみてはっきりと分かった。 俺の放った精独特の匂いに混じって。 血だ。血の匂い。 ザワッと一気に全身に鳥肌が立ち、俺は無意識にベッドから降り急いで部屋の明かりを付けた。 まるで死体。 殺生丸はその部分から足にかけて血まみれだった。 大腿はもちろん腹や腰骨にまで血が付着し擦れた赤で染まっている。 青白い顔。 途中挿入がしやすくなったと思ったが俺の精で濡れていたわけじゃない。大半は本人の出血が潤滑油代わりになっていただけだったんだ。 日常で血なんてそう見慣れたもんじゃない。 何が覚悟だって? この赤いリアルを前に俺は急激に焦っている。 自分のした事。この惨状。 飛んでいた理性とまともな思考回路が一瞬にして戻った。 |
||
1P | ||
生い立ち 6P ← back next → |