生い立ち    6P




 


 ・・・俺はとっくにお前に惚れてたよ。
 お前が欲しかった。

 大切にしたいと思う一方でいつまでも届かない想いに歪んだ思慕が沸々と湧き上がる。

 でも気付いた事があった。
 誰しもがお前に一目置き、崇めるような目でお前を見、大事にしているのにお前は誰も必要としていない事。
 ふと見た背中に埋め尽くせない深い孤独を感じて、何度か俺は抱き締めそうになった。

 俺の事を心の底から嫌悪しているのは言葉以上に相手の眼で解っていたが、俺の面倒だけはきちんと見てくれた兄。

 そして結局稽古の手合わせでも勉学でもお前に勝てないまま数年経ち、
お前は一流商社への就職が決まり、大学を卒業したら家を出て行く事になった。
 あの女は俺をこの家の次男として平等に扱い、殺生丸が出て行こうとその意向は変わらないとしてくれたが、殺生丸が居ないのなら俺にとってこの家に居る価値は無い。俺は別に家を乗っ取りたかったわけでも金目当てでもない。興味は全て初めから殺生丸だった。この家は材料に過ぎない。
 女の事は好きだったし礼は言い尽くせないが、俺は・・・

 そうして今後を思案していた時、お前から呼び出された。
 殺生丸が家を出る一ヶ月前のことだ。

 お前の部屋に二人きり―――――――――・・・あの時の事は一生忘れられない。

 皮肉な事だ。
 結果的にそれがきっかけで俺は殺生丸と一緒に住む事になったのだから。
 無論俺が望んだことではあるが。










 それから一年。

 深夜の静まり返った広いリビングにまた今日も時計の秒針だけが虚しく響く。

 最近は仕事の帰りも遅い。
 冷たくてもいいから以前のように色々教えて欲しくて甘えたくて、わざと既に解けている大学の問題を訊きに行くがもうそれすら教えてくれない。
 だんだんと接点が減っていく。
 俺との接触を避け、俺をやっかいものみたいに扱う。目を合わせて話すこともしない。
 ・・・だったら何で俺と一緒に住む事を許したの?

 初めは“あの件”でもっていた罪悪感もやがて消え失せ、やはりいつまでも俺を冷たくあしらう兄に俺は次第に苛立ちを募らせていった。

 何一つ叶わない。
 お前にも敵わない。



 でも、・・・そうだ、一つだけお前に勝っているものがある。

 それは体格だ。
 俺はお前よりはガタイがいい。

 そりゃそうだ。過去の肉体労働で必然的に付いた筋肉。
 体力も腕力も俺のが上だ。

 かといってお前はひ弱じゃないし見かけによらず男としても力は強いほうだろう。
 それにお前のほうが武術や武道の技術は上。
 ただ、それでも俺のほうが強いって事だ。

 闘いじゃねーからな。
 ベッドの上じゃお前なんか赤子だ。
 ただの力技になったら俺に勝てるわけねえ。

 でも身が危うくなればどんな小動物だって暴れる。
 殴り合って互いに余計な苦しみを与え合うよりも、もっと楽な方法がある。

 薬。
 効能は全身の痺れ、浮遊感、意識の混濁。理性を捨てて無の境地になれば最高の高揚感を得られる。
 俺は殺生丸が晩酌の時に大概口にするワインの中にその薬を盛った。
 ほとんど無味無臭だしましてワインの香りと酸味で常人じゃ気付かない。
 まんまとお前は気付かず口にした。

 その後はもう俺の思うがままだ。
 縛り上げて叩きのめすように泥濡れた欲望を殺生丸の中に打ち込んだ。

 自分のやった事が犯罪に値することは判っていた。
 それでもだ。

 人生棒に振ってでも。
 殺してでも。
 殺されてでも。

 地獄に堕ちてもお前が欲しかった。




  6P
      ← back   next → 背徳 1P  






小説目次に戻る