背徳    4P




 


 食事を持って殺生丸の部屋へ入るとやはり横になっていたが、ともかく俺はテーブルに置いた。

「・・・殺生丸、飯。」
「・・・・・・」
「・・・置いておくから。」
「・・・・・・」

 返事は期待していなかったから別にいい。
 だけど相手は相変わらずこちらに背を向けている形で寝ているので表情が分からない。何も読めない。
 何を思っているのかも。
 だが少なくとも俺が傍に居ることを望んでいないのは確かだ。それくらいの空気は俺だって察する。
 それに俺自身が訊きたいことを訊けないのでは殺生丸にひっついていたって意味がない。
 俺は部屋を出た。

 だって具合はどうだとかそんなこと訊ける訳ないだろう。
 単に身体だけの事ではないのだから。どの面下げてそんなこと訊ける?俺はそこまで無神経じゃない。



 休日中ほとんど外出せず俺は殺生丸の様子を見ていた。
 殺生丸が俺の行動を受け入れているのか単に無視しているのかは分からないが、一言も会話にはならなかった。
 差し入れた食事を口にはしているようだが俺が話しかける最低限の言葉を相手は無言で聞くだけでやはり返事は一切ないから。
 でもいちいち言葉で是非を確認しなくともおおよそ分かるし、俺はとにかく余計なことはせず障りないような言動をした。
 相手もまたほとんど自室で横になってはいるようだったが手取り足取り介護せずとも身の回りのことくらいは自分でやり、やはり必要以上に干渉してほしくないようだった。
 何にしてもまずは回復してくれればそれでいい。



 休み明けの早朝、リビングから聞こえてくる物音。
 まだ薄闇の残るこんな黎明の刻。
 見に行くと殺生丸がコートを羽織り、もう玄関へ向かおうとしているところだった。
 俺は慌てた。

「!・・・っ、オイ!」
「・・・・・・」
「殺生丸!」
「・・・・・・」

 殺生丸は俺を無視して淡々と靴を履きに掛かる。
 俺は焦ってつい言ってしまった。

「・・・ッ、もう大丈夫なのか!?」
「・・・・・・」

 言った後でドキリとした俺の不安を余所に、殺生丸は無言だった。

「ちょっ・・・オイ!!」

 靴を履き終えドアノブに手を掛けたところでますます俺は焦り、思わず相手の腕を取ってしまった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 殺生丸は俺の手を振り払うでもなく、静止している。
 緊迫した一瞬だった。

「・・・離せ。」

 何日かぶりに聞いた相手の声は依然静かで落ち着いていた。
 ただ俺に背を向けているからどんな表情なのかは分からない。
 離さなきゃいけないのに離せない。
 俺が無言でいると殺生丸は腕を掴んだままでいる俺の手をそのままにドアを開け、俺を振り切った。
 ドアが閉まるにつれ見えなくなる相手の姿。
 ガチャッと無機質にオートロックが掛かる音。
 残された冷たい外気。
 俺は玄関の壁に体重任せに寄り掛かった。

 殺生丸はこちらを振り向きもしなかった。
 もっと乱暴に振り払っても良かったのにそれすらなかった。





 そしてあの夜から半月――――――――――

 俺たちはもうすっかりいつもの関係、いつもの日常を送っていた。
 ・・・というよりは、殺生丸がだ。

 殺生丸は結局俺を一切咎めなかった。
 まるで何事も無かったかのように。
 あれだけの出来事を何とも思っていないはずはないのに。
 表沙汰にしなかったのは事が事だけに恥じらいや自分のプライドか。それともあの家を守る為なのか。
 お前とリビングで会う度に俺は気を遣い、重い気まずさを感じているのに。
 何で俺だけが妙に意識した風になっているんだ。

 ただ、変わったこともある。
 殺生丸が俺を蔑むことがなくなった。無論それは俺が言われるようなことをしなくなったからでもあるだろうが。
 穏やかな時間といえばそうなのに確実な不自然さ。

 ・・・何でこうなっちまったんだ。

 急に切なさが込み上げる。
 まるで飼い主に見捨てられ放置され続ける犬か猫だ。俺は。
 殺生丸は手に負えない俺をもう完全に見限った。ただ追い出すのは可哀相だし飼い主の責任上家に留めてる。そんな感じだ。

 追っても追っても遠くなる。
 追えば追うほど離れていく。

 ・・・胸が苦しい。
 頭が重い。



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