背徳    5P




 


「・・・犬夜叉。」
―――――――・・・」
「犬夜叉。」
「・・・」
「犬夜叉、・・・」
「・・・・・・!!」

 体を揺さ振られているのを感じハッとした。
 目の前には殺生丸がいて俺を覗き込んでいる。

 夢か?これは・・・

「・・・大丈夫か。」
「?・・・」

 何のことだか分からない。

「苦しがっていた。」
「・・・あ、・・・ああ・・・夢、見てた・・・」

 どうやら俺は眠っていたらしい。
 でもそうだ、たしかさっきまで相変わらず帰りの遅い殺生丸を無意識にリビングで待って考え事をしていた。
 あれ以来寝付きが悪くてろくに寝ていなかったから・・・
 殺生丸が帰る時間帯にリビングに居るのはなるべく避けて自分の部屋に戻るようにしていたが、今夜はいつの間にか意識が飛んでいた。

「・・・大丈夫なのか。」
「・・・ああ。悪ィ。夢見が悪かっただけだ・・・」
「・・・・・・」

 殺生丸は僅かな間無言で俺を見るとスッと立ち、コートを脱ぎながら自分の身辺のことをやり始めた。
 もう俺への関心は消えている。
 だけど察するに、帰宅してリビングに入ったらソファに半身を横たえ突っ伏してうなされている俺を見付けて駆け寄ってくれたんだ。
 多分寝不足で顔色も悪いだろうから本当に具合悪そうに見えたのかもしれないが。
 心配してくれた。俺を。

 相手はもうさっさといつも通り生活習慣の行動をしているが、俺は何の気なしにその様子を傍観しながら思った。
 謝るなら今しかない。
 やり直すなら今しかない、と。

「殺生丸。」

 相手は返事をせず、もう風呂場へ向かおうとしている。

「・・・殺生丸!」
「・・・・・・何だ。」

 俺の強い口調に殺生丸はこちらを振り返った。
 先程までの俺への関心が嘘のように冷めた目つき。

「・・・・・・」
「・・・言いたい事があるならば早く言え。」
「・・・・・・」
「・・・・・・何も無いなら呼びつけるな、鬱陶しい。」

 目は口ほどにモノを言うとはよくいったもんだ。
 おそらく謝罪などしようものなら途端に相手の逆鱗に触れる。
 実際謝って済むような事じゃない。
 ・・・自身を粛正し純粋に謝るにはもはや遅過ぎたのかもしれない。

「・・・なあ、何で俺を引き止めたの。」

 謝るつもりがつまらない事を口にした。
 相手の鋭い言い方に意と反して違う思いが湧き上がってしまった。

「・・・・・・何か勘違いをしているようだが・・・私はただ、もうお前の好きにすればいいと思っただけだ。」
「・・・・・・」
「自分の意思で出たいならそうすればいい。私を引き合いに出さずにな。・・・・・・それならばお前が出て行こうと私の関知することではない。」
「・・・・・・」
「・・・私はお前のする事でどうのこうのと左右されない。だからお前が今更私に気を遣う必要もない。そういうことだ。」
「・・・・・・」

 ・・・何言ってんだよ。嘘だ。そんなの。
 犯られて気にしないなんてバカがいるか。
 それにあの時お前は確かに俺を引き止めた。
 でも、つまりは俺が何をしようとお前は動じない、俺のする事はお前に何ら一切影響を与えない。・・・そういうことが言いたいわけ?
 俺が何をしようと俺の存在を意中としない、ということだろう。無視より嫌われるより責められるよりタチが悪い。
 残酷。決定権は自分にあるくせにあえて俺に委ねて自分のした事を意識させる。罪の重さを煽って追い詰める。
 相手に一番効くやり方を知っている。
 本当に意としてのことかは分からないが今の俺にお前のやり方は堪える。


 もう引き返せない。
 ・・・今更だよな。自分の醜態に笑えてくる。
 気遣おうとどれだけ尽くそうと無駄だ。相手の中で俺は遮断されその位置付けは変わらない。
 入り込む余地も無い、完全なる拒絶。
 だったらもう―――――――





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