生い立ち    2P




 


 親戚の息の掛からない関東へ出て土木の仕事で食いつないだ。
 安いアパートでの暮らし。
 それなりに満足していた。

 転機が訪れたのは、それから一年程経ってからのこと。

 届いた一通の手紙。
 差出人の名前は苗字しか書かれていなかったが、手紙の内容は本当の父親が俺に用があるとの事。
 衝撃だった。
 それでも本当の父親の存在なんか興味もなかったが、それには端麗な字で俺を家へ招きたいと書かれていた。
『何故今更、俺に一体何の用があるのか。』興味はそれだけ。
 だから招かれた家へと出向いた。

 パーカーにGパン。土の付いたスニーカー。
 素性は隠す必要もないのだからとあえていつも通りの格好で向かった。




 物怖じとはこういう時に使う言葉なんじゃないだろうか。
 現れたのはデカイ家。家というよりまるで武家屋敷。おおよそ一般の家庭には無い重厚な門構え。
 おそらく日本有数の本物の大名家。出向いた土地柄、一等地であることは判っていたがまさかこれ程の家とは思っていなかった。

 俺が来るようなところじゃない。
 蔑まれるのか、何なのか。何にしても用件だけ聞いたらさっさと帰る。そのつもりでいた。

 今どきインターホンくらい付けておけよ。
 仕方なく戸惑いながらも一人で勝手に門をくぐり何十分歩いたのか。使用人の姿が見えようやく“家”に着いたと思ったら迷路のような廊下を長々と歩かされ、もはや一人では引き返して玄関に辿り着くことすら多分難しい。

 だんだんと苛立ちとある種の恐怖すら感じながら奥まった部屋へと案内された。

「こちらで奥様がお待ちです。」

 奥様?・・・用があったのは親父じゃねえのか。と一瞬思ったが、生きてきて過去これ程緊張したことがないくらいに俺は緊張していたのでとにかく頭が真っ白だった。

 襖がすっと開き中へ通され、そこに居たのは女。
 女なんて興味ないが、見目カタチが悪いか良いかくらいは俺にも判る。間違いなく後者だろう。

 品のある通った声が人払いをし、俺はこの女と二人きりになった。

 黒檀の刀掛に掛けられた二振りの日本刀。
 その前で女は上質そうな着物を纏い、優雅に鎮座している。
 今更だが俺はただ事ではない空気を感じて今すぐ帰りたくなったが、女と目が合い、無言の圧力を前にやむなく座った。

 かなり距離を取って座ったので、女はほんの少し強い口調で俺に言った。

「・・・もっと近くに来い。それでは話が出来ない。」
「!・・・ハイ。」

 極度に緊張していたし驚いて空返事をしたものの、俺は内心少し腹が立った。

 なんだこのババア。
 いきなり呼び出していきなりその物の言い方かよ。
 初対面なのにガキだからって敬語も無しかよ。

「・・・歩いてこの家の玄関まで来たそうだな。」
「?・・・」
「そこで待っていれば車を迎えにやったのに。」

 女はあまりに嫌味なく本当に可笑しそうに微笑したので俺はますますムッときた。
 監視カメラ付けんならインターホンも付けろよ、ババア。

 とりあえず言われた通り先程よりは近くに座ると、女は俺を何か見定めるようにじっと見つめてきた。
 正面を向いて座っているので俺も相手を見た。
 整い過ぎて人形のように綺麗な顔。透けるような白い肌。何食って生きたらそんな風になるんだ。
 圧倒的な育ちの良さを感じさせる風体。
 それに引き換え俺は・・・

 直視し続けられず俺は目を逸らした。
 だが相手は俺の様子をとくに気にも留めず、淡々と話し始めた。
 俺を探すのに時間が掛かったことや俺の将来の夢はなんだとか。庭の手入れが大変だとか一人息子がいるとか核心には迫らないどうでもいいような話ばかり。
 俺の過去にもさして興味が無いのかあえて聞かないのか本心は分らないが、今の現状をさらっと聞いてきただけで、相手もまた自身の家柄がどうとかそういった話は一切してこなかった。
 まあどうもこうもこんな家だ。説明は不要だろうし、血筋の詳細など聞いていたら多分一日掛かっても終わらない。聞いたところで理解出来ない。
 それにわざわざ深いところを突かずとも、互いがどういう身分でどういう関係性なのかは判っている。
 早い話が、相手にとって俺は旦那の浮気相手が産んだ子供。俺にとって相手は母親が不倫した男の本妻。
 そこに憎しみや感情が入るのは別問題として、関係だけみれば互いに気まずい間柄。

 そこで俺はハッとした。
 これだけの家なら俺を抹殺するのも簡単な事なんじゃないのか。
 自殺に見せ掛けて毒殺とか。
 そんな突拍子も無いことを一瞬思った。
 だがまさか。

 ではやはりこの機を待っていたとばかりに俺に憎しみをぶつけ当たり散らすつもりなのか。

 しかし相手はその話し方から俺の身形や生い立ちを馬鹿にするでもない。どうやら俺を蔑む為に呼び出したわけではないようだ。てっきり、血縁を完璧に絶つ為に絶縁の契約書か何かを俺に書かせるのが目的かと思ったが。
 想定と反して相手の要望は全く違っていた。




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