生い立ち 3P
「・・・お前、この家に来るか。」 「!・・・!?」 「この家に住まないかと訊いている。」 「・・・」 俺は呆気に取られた。 この女、いきなり何を言ってるんだ・・・? 返答に困惑しきり、本当の意図は何なのかと訝しげに相手を見やった時だった。 女は品位を感じさせる所作で着物の裾を払い、優雅に立ち上がると俺に背を向けた。 そして静かに黒檀の刀掛に手を伸ばし、あろうことか二振りの日本刀のうち一本を取り上げた。 グッと女の腕や肩に力が入ったのを感じて、刀が本物であると判った。 両手で刀を持ってこちらに振り返り、俺を見据える。 そして華奢な細く長い指が柄を握り、鞘からスラッと刀を抜くと女性では相当重い筈の刀を片手で扱い、その切っ先をこちらに向けた。 あまりに美しく無駄の無い所作に見惚れて、我が身の危機に一瞬出遅れ慌てた。 相手に迷いはない。 冷酷とも慈悲とも取れるような、それでいて一切の感情を読ませない妙に冴え冴えと澄んだ眼光。 刃の切っ先が僅かに動いたのを見て、“俺は殺される”そう思った。 まんまとおびき寄せられてこの家の敷居をのうのうと跨ぎ、結果これだ。 馬鹿か、俺は。 来るんじゃなかった。 何でむざむざ敵の陣地に上がってこんなとこで死ななきゃなんねーんだよ。 瞬間的にそんな事が脳裏をバッと過ぎり、恐怖のあまり身動きも取れずに俺はその時を待って眼を見開いたまま硬直していた。 ヒュッと鋭く風を切る風圧。 質の良い金属音。 刀を鞘に納めた女は先程とは打って変わって潔くバッと着物の裾を払い、片膝を着いて放心状態の俺の前にその刀を静かに置いた。 「・・・この刀、お前にやろう。」 「・・・・・・」 心臓の音がうるさい。 命を取られず安堵したというのに、途端にどっと脂汗が出て、ここに来たときからの状況や相手の言っていることを一度冷静に整理しないと頭が混沌として正しい判断が出来ない。 知ってか知らずかそんな状態の俺を余所に女は静かに刀掛の前に座り直すと、再び淡々と話し始めた。 「・・・それは夫から私が預かっていたもの。」 「・・・・・・」 「あの人からその刀をお前にと言付かっていた。」 「・・・・・・それなら、親父は。もともと手紙には親父が俺に用があると書いてあった。何故、あんたが・・・」 だって立場上、俺の顔も見たくない、存在すら許せない。というのが普通ではないのか。それをわざわざ・・・大体さっき“家に住まないか”とも言ってなかったか。 「・・・夫は亡くなった。随分昔にな。」 「!・・・・・・」 女の話はこうだ。俺の本当の親父は、俺が産まれてすぐに病で亡くなった。 女はとうに本人から俺の母親と俺の存在を知らされていたが、和解も何も初めから喧嘩にすらならなかったという。夫婦仲が冷め切っていたのかと思ったが、女の話ぶりからそういうわけではなさそうだ。 そして親父は亡くなる前に女に遺言を遺した。 “お前に全てを任せる” “刀はお前の判断でいつか殺生丸と犬夜叉に” つまり、女の判断が今。というわけか。 でも、“殺生丸”って誰だ?・・・そういえばさっき・・・ 「・・・して、お前の返事は。」 「・・・・・・」 話の展開が早くて状況がよく掴めない。 家に住むかとか、刀をやるとか・・・いきなり赤の他人同然の人間を呼び出して有無を言わさず返答させるような事か。 ヒトの人生懸かった内容だぞ。 「・・・・・・うちにも一人どうしようもない男がいてな。手に負えぬ。」 「・・・・・・」 はあ? 俺がますます訳分からずにいると、襖の奥でやりとりが聞こえた。 誰かが入って来るらしい。 「失礼します。」 凛と低く通った声。 襖をスッと開け、そいつは入ってきた。 「・・・来たか。」 女はほんの少し笑んで満足そうにそいつを見やった。 |
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