生い立ち    4P




 


 整った顔。女と見間違えそうな程端麗な容姿。
 男であるというのは声と背丈、全体的な風貌から判ったが、俺は食い入る様に見入り一瞬にして惹かれた。愛だとか恋だとかそういうものじゃない。ただもう瞬間に。

 相手はそんな俺のことは全く視界にも入れず俺の横に静かに座った。
 濃紺の和服に固く締められた帯。長めの襟足から透く地肌。男の色気・・・男色の気など全くない俺だが、魅入られたように相手に惹かれた。

「用件は。」

 その男は俺をたった先程恐怖に陥れた女に、冷たく言った。

「・・・犬夜叉。」

 女は相手を無視して急に俺の名を初めて呼んだ。

「これは殺生丸。・・・お前の兄に当たる。」
「!!・・・」

 “殺生丸”・・・俺の兄・・・・・・という事は、この女の息子。こいつが・・・・・・。

 言われてみれば風貌がそっくりだ。酷薄そうな唇の形も。髪の質感も。切れ長の眼も。立ち振る舞い、物腰も。どことなく高慢な態度も。

 三者の関係性がハッキリと浮き彫りになって、どことなく重たい空気を感じたのは俺だけか。
 ・・・早く帰りたい。


「・・・殺生丸。犬夜叉。お前達を揃えたのは他でもない。互いの前で明確にしておきたい品がある。父の遺言に従い、今日よりこの“鉄砕牙”は犬夜叉の物とする。」

 一瞬隣に座った姿が微動したように思えた。

 女は座ったまま、刀掛に残ったもう一振りの刀を静かに取り上げ、“兄”の前に差し出した。
それは俺の前に置かれた刀よりは細身であったが、やはり重厚な重みを感じさせる刀だった。

「その刀・・・“天生牙”を、殺生丸。お前の物とする。」

 俺はチラと隣を横目で見やった。
 膝の上に置かれている手に、力が入っているのが見て取れ、不満であるらしい事を察した。

 ・・・長子だからって刀は全部自分のもんだってか?
 愛人の子供の俺に形見分けは必要ないってか。・・・まあ普通の反応だよな。
 だが、この後の相手の様子でそんな簡単な事ではないものを感じた。

「・・・本当に父上は私に“これ”を?」

 俺にはその意味が解らなかったが、“兄”は、刀を取るとギュッと握り女に問いかけた。

「・・・二言は無い。」
「・・・・・・分かった。」

 “兄”はザッと立ち、俺を僅か見下ろすと素早く部屋を出、襖をタンッと閉め、行ってしまった。

 一瞬の事だった。
 だがその一瞬俺を見下ろした奴の眼。
 明らかに俺を嫌悪していた。
 ・・・いや、もっと深い。「憎悪」だ。殺意さえ感じさせるような眼だった。
 さっきまでは俺の存在すら無視していたくせに、この短い時間に豹変した。
 傍目には分からなかったかもしれないが、育った環境から他人の心情に敏感な俺にはすぐに分かった。

 一瞬にして冷静さを欠く程の原因はこれだろう。この刀。
 こんな家で育って何でも手に入れてきたクセに。どれ程の価値なのかは知らないが、奴は俺に嫉妬した。
 俺の存在を認識したんだ。

 俺は急激に愉悦のようなものを感じ、あくどくほくそ笑んだ。

 だが、女と目が合いハッとした。
 女はそんな俺の様子をじっと鋭く冷酷な眼差しで見ていたのだ。初め同様、何か見定めるように見透かすように。

「犬夜叉。」

 俺はビクッとした。

「・・・お前の返事を聞きたい。」
「・・・返事・・・?」
「先に訊いたろう。この家に住むか、と。」
「・・・アンタ、本気で言ってるのかよ。仮に住むとして色々どうするつもりなんだよ。」

 俺は半ば呆れてこ馬鹿にしたように言った。

「余計な事は良い。考えるな。」
「・・・・・・」
「お前は是か否か。どちらかの返事をすれば良い。今。」

 ・・・賭けだ。これは。
 相手だって無理難題メチャクチャ言っているのは承知の上でこの急な決断を迫っている。俺に。
 でもどういうつもりなんだ。
 さっきの俺の態度に思うところを感じなかったわけじゃないだろう。仮にも自分の息子に対して俺などが嘲ったような邪な笑いを浮かべていたら。
 それとも何か見抜いた上でのことか。

 俺はこのとき、妙なスリルを感じてゲーム感覚だったのかもしれない。

 俺は今までの自分を悔やんだ事はないし、憐れまれる覚えもない。
 今までが波乱の人生だったなんてこれっぽっちも思ってない。
 だけど、戻る場所もない。守ってきたものもない。
 それが急にこの家に呼び出されてこの展開。
 だったらいっそこの家を・・・

 綺麗な“兄”。さっきの俺を見下ろした時の眼。

「・・・住むよ。ここに。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・そうか。それは良かった。」

 歯切れよくきっぱりと言い、女はまるで少女のようにニコッと笑んだ。

「・・・世話になります。」

 俺は一応疑心暗鬼の中での返事をしたつもりだったが、どうやら相手は本当に本気だったらしい。
 やはり見透かされてる。

「では、今からお前の部屋を案内しよう。」

 !?
 立ち上がり颯爽と歩き出そうとする女に俺は慌てた。

「・・・今からって、一度家戻らないと・・・」
「その必要はない。」
「だって荷物が・・・」
「お前の荷ならもうすぐこちらに届くだろう。」
「!!?・・・ハア!?」

 何の確信と根拠があって他人にそこまで出来るんだ。
 つか普通はやらない、やれねーだろ。
 ・・・やっぱこの家普通じゃねえ。

 話の中で既に俺のアパートを引き払ってある事を知った。
 この短時間の中でどんだけの事しでかしてんだよ。
 金?権力?・・・フツーじゃねえ。



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