生い立ち 5P
「もうすぐだぞ。」 振り返りニコリと笑う。 「・・・なあ、アンタ、俺が来なかったらどうするつもりだったんだよ?」 「・・・来ると思っていた。」 「・・・・・・来なかったら、だ。」 「現に来ただろう。」 「・・・・・・」 女は俺を迎える事になったのが本当に嬉しそうに楽しそうに、そしてどこか余裕の笑みを浮かべている。 途中、さっきの“兄”の部屋の場所も案内され、通り過ぎた頃意外なことを言われた。 「・・・そうそう、犬夜叉。お前にな、あれの世話を頼みたい。」 「!!・・・?・・・」 「中々、手を焼いていてな・・・」 「・・・・・・」 手を焼かせてる風には見えなかったが。 どちらかというとアンタと関わるのを避けているように見えたが・・・ とんでもない酒豪かアル中で呑むと豹変する、とか?・・・ 「あんな愚息でも一応この家の長子。先々酷い体たらくを晒すようでは困るのだ。」 やっぱ、アル中か。 「・・・・・・それで、俺はどうすればいいわけ。」 さしずめ一人息子の長男が酒に酔って暴挙に出たところで、この女の手前誰も止めないし、押さえ込むような乱暴も働けないから、他人同然の俺に止めてくれと。 俺なら男だし、続柄遠慮なく相手を捩じ伏せられる。 そういうことか? 「お前はただ、あれにくっ付いていれば良い。」 「・・・・・・」 「殺生丸に学問でも何でも教えてもらえ。稽古もあれが見てくれる。この家の事も興味があれば聞けばいい。」 ・・・さっきと言ってること違うじゃねーか。 俺の面倒を“あいつ”が見るわけ? 「・・・あのさ・・・・・・アンタ、」 「私は頼んでいるのだ。お前に。」 「・・・・・・」 「犬夜叉。殺生丸のことお前に任せたぞ。・・・良いな?」 「・・・・・・」 あまりに真っ直ぐ俺を見つめて言うから俺は拒否も出来ず僅かに頷いた。 そうしていきなりこの屋敷での暮らしが始まった。 愛人の子供である俺を引き取った、本妻である殺生丸の母親の本意は解らない。 だって俺のあの時の醜悪な笑みを見逃すはずはないんだ。 自分の息子に俺が何かをしでかす可能性を少しは考えないのか。 実際俺がこの家に来る決意をした理由は“殺生丸”だ。 あいつを見た瞬間に心奪われ惹かれた。 そして俺を見下ろしたあの時のあいつに興味が湧いた。 だから指図されるのが大嫌いな俺も、言われるがままにこの家のしきたりに従った。 高校へ編入学し、武術の稽古に始まりはては茶道まで。 全てはあいつに並ぶ為に。 だが俺は屋敷で居心地が悪かった。 当然の事だが突然やってきた俺を誰も受け入れない。 かといって使用人たちに嫌がらせなどされたことはないし皆親切だったが、どことなく自分が浮いている事を感じていた。完全アウェーな存在。 陰でどんな風に言われてるか探ればキリがない。 余計に俺は何でも貪欲に取り組んだ。 とにかく“兄”に、並べば良いのだ。 俺がお前を見下ろす為に。 初めて会ったあの時。 純粋にお前に惹かれたのは嘘じゃない。 でも、俺を見下ろした殺生丸と眼があったあの時・・・全てはあの時。 今まで無かったドス黒い感情が初めて沸き上がった。 国宝級の家宝などいくらでもあるようなこの家のたかが刀一本でお前は俺に嫉妬した。 何不自由のない、暮らしの良い生活。 生まれた日から保障された身分。 世の中には本人が望まなくても何でも手に出来る人間がいる。 殺生丸。 お前に会わなければ。 この屋敷にこなければ。 俺はたとえどこかで一人野垂れ死のうと幸せだった。 こんな感情知る事もなかった。 なのに俺の気も知らずお前は優しかった。 優しいといってもとくに親切に接してもらえたわけじゃない。 でも俺が広い屋敷の勝手に戸惑っていると「こっちだ。着いて来い」と言って誘導してくれた。 口調こそ冷たいが、俺は屋敷の中で一番兄を信頼していた。 だが、懐こうとするとお前は酷い言葉で俺を蔑み拒絶する。 高慢な態度を捩じ伏せたい一心でお前に認められたい一心で、何もかも。 |
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