宿り花 -ほんとは半々、されど愛おしきは- 10P
「花は100年に一度一輪、一日だけ同じ場所に咲く。・・・・・・ふ、居合わせた場所がまさかこの花の苗床だったとは知らなかったがな。」 「・・・・・・」 「我ながら強運なことだ。」 「・・・・・・」 殺生丸は自らを皮肉って苦笑するが、犬夜叉は黙っている。 背中を預けている殺生丸には犬夜叉の表情は伺い知れない。 犬夜叉は絶望するだろうと分かっていた。 それでも話をしたのは殺生丸なりにこの半妖の弟の気持ちを汲んでいたからだ。 ずっと自分を見守り、鬼を仕留めたことも知っている。 一人で居たかったのは本心だが、あの時己一人ではあんな鬼にすらまともに太刀打ち出来なかっただろう。 だがもう十分だ。 話をしたのはせめてもの礼。 「・・・・・・世話になったな。」 殺生丸は犬夜叉の腕を優しく退け、ゆっくり立ち上がった。 「・・・・・・身体、もういいのか。」 「・・・・・・」 問い掛けには答えなかったが、犬夜叉には判るはずだ。 もうソレは終わっている。 犬妖怪一族がそうなのか純血の大妖怪がそうなのかは知れないが、急激な痛みをもたらした出血は僅か半日も経たずに止まり、朝には終わりを告げていたのだ。 殺生丸は静かに火鼠の衣と腰元に巻かれた半襦袢を落とし、滝のほうへ歩き出した。 これでいい。 犬夜叉は納得し諦めてあの連中・・・仲間とやらのところへ帰るだろう。 この自分と100年共に居るはずはない。 だからもう一つの方法は言わなかった。 戻れるかもしれないもう一つの条件。 それは次の朔の夜までに、真に己を想う者と結ばれること。 「・・・フン、馬鹿げた話だ。」 殺生丸は遠ざかってゆく犬夜叉の気配を感じながら小さく嘲笑した。 川へ入り、忘れるように肌に染み付いた犬夜叉のにおいを洗い流す。 独りで生きるのはどうとない。 遥か昔ずっと独りだったのだから。 その夜、殺生丸はやはり岩場の近くの木に身を預け休んでいた。 水面に映し出されて揺れる月。 まるで己のよう。 ・・・本当は・・・ 「!」 迷いがよぎった時、ふと慣れたにおいに殺生丸は顔を上げた。 近付いてくる、今朝別れたはずの弟のにおい。 犬夜叉。 犬夜叉は状況に悲観し殺生丸を見捨てて去ったわけではなかった。 決別したつもりも一切ない。 一度立ち去ったのは、残してきたかごめたちやりんたちの様子を見に洞穴へ行く為。 そして何かあったら雲母をよこすように言付け、此処へ戻ったのだ。 もう近くに感じる犬夜叉のにおい。 「・・・・・・」 辺りを見渡しても赤い姿はない。 「・・・・・・」 だが、周辺の何処かに居る。 「・・・バカな奴だ。」 何故戻った? 戻ったところでどうにもなりはしないのに。 新月・・・次の朔夜までは共に居るつもりなのだろうか。 ・・・それとも朔の夜明けに体が戻らないのを見届けてから去るつもりなのか。 何にしても生温い奴だ。 そもそも私の妖力が奈落に取り込まれることを脅威としそれを恐れるというなら、その前にいっそ私を殺せば良いものを。 それにしても、こちらに近付くことなく静止しているのは何故なのか。 これまで通り寄るなと言った自分の言葉に忠実に従おうというのか。 今朝まであんなにこの自分を抱き包めていたくせに。 殺生丸は犬夜叉のにおいを感じながら、目を閉じた。 犬夜叉はたしかに岩場から少し離れた木の上に居た。 昨夜と同じように。これまでと同じように。 でも変わらず一定の距離を保つのは、何も相手の為を思ってだけのことではない。 離れていたほうが自分にとっても都合が良いからだ。 近くに居ればきっと抑えが効かなくなる。 傍に居れば欲望を捩じ込みたくなってしまう。 ・・・朔の夜までに本当に殺生丸の身体が元に戻らなければ、その時は。 「殺生丸・・・」 美しい月に殺生丸の姿を重ね見、名を呼ぶ。 月の光は嫌いじゃない。 犬夜叉も静かに目を閉じた。 穏やかな夜に包まれ、兄弟はしばらくの眠りについた――――――――― それから一週間。 日に日に欠けゆく月。 犬夜叉は夜ごと月を仰いでは複雑な想いを重ねていた。 天生牙の鞘しか持たぬ今の殺生丸では心もとない。 妖力は依然強大でも丸腰同然。でも身体が元に戻ればりんたちの待つ洞穴へ帰れる。天生牙を再びその腰に持つことが出来る。 もし新たな武器を探すにしてもまずはそこからだろう。 だが100年後りんはこの世に居ない。弥勒たちも居ない。 人間に100年は永過ぎる年月だ。 殺生丸が言っていた通り憑いた花が出て行く様子はなく、当然身体が元に戻ることもない。 何も出来ず、ただ時間だけが過ぎていった。 夜を迎える度、月はどんどん細くなっていく。 殺生丸の額に浮かぶ三日月のよう。 それを見るのも今夜が最後。 明日にはもう月はない。 そして迎えた朔の日。 いよいよ今宵は朔。 |
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