宿り花 -ほんとは半々、されど愛おしきは-    9P




 


 居た堪れなくて自分から口を開いたものの案の定、俺の呼び掛けに相手からの返事は無い。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 また無言が続く。

 どうしたら良いか分からず様子を伺うように殺生丸を見るが、一気に心臓が高鳴った。
 身じろいだときに着崩れたのだろう。
 視界に入った女の体。
 火鼠の衣の隙間から、豊満な胸は元より桜色の乳頭まで見える。
 盗み見たようで犬夜叉はすぐに視線を逸らすが、今度は細く美しい脚が目に入る。
 丈がそれほど長くない火鼠の衣。殺生丸の膝下から先は外気に晒されていたのだ。
 華奢な足首。たわわな胸。細い腰。
 意識すると途端に鎌首をもたげる野蛮な塊。

 未だほとんど密着したままの互いの身体。
 殺生丸は腰に当たる硬い熱に気付いても動こうとはしなかった。

 気付いているはずなのに平然としている相手。
 対照的に犬夜叉は見るも無残にどぎまぎし、顔を紅潮させた。
 介抱している相手を投げ出すことなど出来ないし退いてくれとも言えない。
 不謹慎に自身を怒張させて、自分でも馬鹿みたいだと思う。
 相手も呆れているだろうか。
 それでも動こうとしないのは、やはりアレで体調が優れないからか。
 それとも動こうに動けないからか。
 心地が悪いであろう火鼠の衣を払おうとしないのも脱げば裸体を晒すことになるからか。
 女の身体になったからって恥じらうような気性とも思えないが。
 そもそもいくら体調が悪くても大人しく自分の腕に納まったままでいるような奴じゃない。

「・・・・・・何故、私がこうなったのか聞いたな。」
「!」

 口に出来ない疑問符ばかりが浮かぶ中、相手から静かに発せられた声。
 急な展開に犬夜叉は少し緊張したが、落ち着いた相手の様子に自然と犬夜叉も平静を取り戻した。

「・・・おう。・・・邪見やりんからちょっとは聞いてるけどな。何でも出先から戻ってすぐにあの洞穴にあいつらを残してどっか行っちまったとかなんとか・・・・・・何があったんだ?・・・その・・・、“そうなった”原因は判ってんだろ。」
「・・・・・・あの日――――――・・・」

 殺生丸は静かに話し始め、犬夜叉はその声に耳を傾けた。






 あの日。
 殺生丸は何処かへ出向き、邪見やりんは山間に広がる野原でその帰りを待っていた。
 主の居ない阿吽は退屈そうに寝入り、邪見はまた置いてけぼりにされた、と四六時中ブツブツ文句を言い、りんは花摘みを楽しむ。
 普段の慣れた一行の光景。
 そのうち殺生丸が戻るとりんは摘んだ花を放し、目を輝かせて嬉しそうに殺生丸に駆け寄った。

『殺生丸さまっ。』
『コリャッ、りんっ!!殺生丸さまにまとわりつくでないッ!お前はいつもいつも・・・』
『黙れ、邪見。』
『え、わし!?・・・』
『邪見さま、ずっと小言言ってるとおでこにシワがもっと増えちゃうよ?』
『やかましいッ!!』
『うるさい。』

 殺生丸に怒られた挙句、ジロと睨まれ邪見はしょぼくれる。
 これもいつもの見慣れた光景だ。
 ただ一つを除けば。
 事態が変わったのは、殺生丸がりんの摘んでいた花に気付いてから。

『行くぞ。』
『はあい。』

 歩き出した殺生丸はふと目に入った花に足を止めた。
 りんが摘んでいた花。そのどこにでも咲くような橙や黄、桃色の花に混じってひと際美しい花が一輪。
 発光しているような鮮やかな赤。

 ・・・あの花は―――――――・・・!!

 花の正体に気付くと同時に風に吹かれた花弁がまるで狙っていたかのごとく殺生丸の右手に触れ、肌の中へ溶け込むように跡形も無く消えた。
 残りの花へ目をやると、やはり赤の花だけが消えてゆく。

 殺生丸は焦りを感じた。

 間違いない。花の正体は蜜華(みつばな)。妖の花だ。人間には害をなさないが、気に入った妖怪の体内に宿る。
 そのことから別名では宿り花とも呼ばれている。
 条件は一片でも花に触れ花粉を吸うこと。
 宿る主が決まり用を満たすと残った他の花弁も跡形も無く消える。
 意識こそないが潜在的な意思を持った花だ。宿る相手を自ら選ぶ。
 だが宿った相手を毒殺したり妖力を吸収して衰弱死させるわけではない。
 ただ、“時を待つ”花。
 やっかいなのは、憑かれた者は生まれ持った性と逆の性に身体を変えられてしまうということ。

 花に気付いたときには既に花粉も吸い込んでしまっていたのだろう。
 急激な身体の変化こそないが、奥底からじわじわと締め付けられるような違和感。
 細胞を塗り替えられていくような感覚。
 やはり。
 “そうなる”前に邪見やりんから離れたい。
 もはや自分にはどうにも出来ない事態。
 花に憑かれて無様に女の姿に変わったなどと誰にも知られたくはない。
 いつ元に戻れるかも知れないのに。

 そうして早急に手頃な洞穴を見付け、りんたちと天生牙を残し、自分は一人離れた―――――――






 一部始終を聞き、当時の様子を伺い知った犬夜叉はこれまでの殺生丸の経緯を思い、複雑な面持ちでいた。
 知られたくないことを他人に知られるというのは嫌な事だ。
 無理矢理見付け出されてあーだこーだ責め立てられてはいい迷惑だったろう。
 しかも慣れない身体で体調も優れず、当人でさえどうしたら良いか分からずにいるときに。
 挙句、忌み嫌う半妖の俺に勝手に引っ付きまわされて。
 殺生丸が怒るのも無理はない。
 でも黙って見過ごすなんて出来なかった。

「・・・・・・で?」
「・・・・・・」
「どうやったら戻れんだよ。」
「・・・・・・」
「まさか憑いたら憑いたっきりなんてこたねえだろ、何か方法があんだろ?」
「・・・・・・」

 有るならとっくに実行している、と言いたかったが、いちいちこの弟に反論してもしょうがない。
 つまらない無駄な言い返しはせず、殺生丸は黙っていた。

「さっき、そのワケ分かんねえ花は“時を待つ”とかなんとか言ってたよな。・・・それって何だよ。」
「・・・・・・」
「言えよ。何なんだよ。・・・それが元に戻す方法なんだろ?」
「・・・・・・何てことはない。次の朔の夜までに花が出て行くのを待つか、あるいは枯れて消滅するのを待つか。・・・それだけのことだ。」
「花が出て行くって・・・何だ、簡単なことじゃねえか。どうやったら出て行くんだよ。」
「・・・運次第・・・憑いてから次の朔夜までの間は宿り主を見定めている・・・とでもいうべきか。気にくわなければ出て行くこともあるらしいが・・・出て行くのは花にとって死も同然。よほどのことがない限り一度憑いた者から離れることはない。」
「・・・・・・・・・じゃあ、“枯れて消滅”ってのは。それを待ちゃいいんじゃねーか。いつ枯れんだ、その花は。」
「・・・次に新しい花が咲くまで枯れない。」
「次っていつだよ?」
「100年後だ。」
―――――・・・」

 100年―――――――・・・



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