宿り花 -ほんとは半々、されど愛おしきは-    14P




 


 ・・・このまま抱いてしまえたらどんなに良かっただろう。
 殺生丸のその内はどれほどイイだろう。
 多分こんな機会は二度と無い。

 綺麗な殺生丸。
 女の姿は本当に玲瓏だ。

 ・・・『気まぐれ』・・・
 あの時俺を見返した殺生丸の眼は確かに俺を誘っていた。
 元に戻れないことに対しての憂さ晴らしに抱かれようってなら、俺にとって願ってもない事。
 利用でも何でも理由はどうでも良かった。
 それにそれなら動機は不純でもそれは合意の上での交合になる。
 だけどあの時の眼・・・妖しい光を宿らせ俺を惑わすように誘惑しながら、それでいてまるで責めているようなどこか助けを求めているような・・・どうしようもない何かに憤っているようなそんな眼だった。

 欲情を煽られるままこんなことになってしまったが、俺が望むのは。
 俺が大事にしたいのは。







 昂り猛った相手の熱は止められないかに見えた。
 だが、互いへの想いが重なった時、殺生丸の手が犬夜叉の肩を押し返そうと拒否を示す前に犬夜叉の愛撫が止まった。

「・・・?・・・犬夜叉・・・・・・」
「・・・・・・」

 殺生丸は訝しんで相手を見つめた。
 殺生丸に覆い被さったまま下を向いている犬夜叉の表情は分からない。
 何故、急に・・・・・・

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・犬夜・・・」
「ゴメン。」
「!・・・?」
「・・・・・・やっぱ・・・」
「・・・・・・」

 殺生丸の身体を挟む形で両手を着き、上体を起こした犬夜叉。
 その顔には寂しそうな、でも満足そうな、何とも言えない表情が浮かんでいた。

 殺生丸の思いが犬夜叉に通じたのか、犬夜叉の思いが殺生丸に通じたのかは分からない。
 互いにそれぞれの欲を胸に秘め行為をし、そしてまた互いに行為を止める事を望んだのだ。

 犬夜叉も殺生丸も相手が行為をもうこれ以上続ける気がないことを理解した。
 そこに理由も何も無い。
 妙な勘繰りも無い。
 ただ、互いに行為を止めることを望んだのだと、それだけ。
 口にしなくても通ずるものがある。
 無意識下の意思疎通。
 不思議な感覚。
 同じ血を分けた兄弟の根底にある絆のようなものなのかもしれない。

 犬夜叉に至っては未だ熱を兆したまま。
 後一歩の場面で己を抑制出来たのはよほどの想いがあるから。
 それは殺生丸も同じこと。

「・・・・・・ふ・・・」
「・・・何だよ。」
「・・・別に。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 犬夜叉の肩越しに見える茜色の空。
 焼けるような赤の色。
 辺りの木々の葉も全てが燃えるように赤い。
 もう陽が落ちる。

 これで自分は100年女のまま。
 もう二度と・・・会えないかもしれない。自分を待つ邪見やりん、阿吽。
 だが会わずとも守ってやることは出来る。
 ・・・犬夜叉が自分にそうしたように。

 犬夜叉・・・

 これで良かったのだ。
 自分を想う気持ちを利用して元の身体に戻ったとていずれきっと後悔することになっただろう。

 こみ上げる想いは安堵なのか落胆なのか失うものへの哀しみなのか・・・

 殺生丸は犬夜叉をやんわり押し退け、静かに立ち上がった。
 犬夜叉に背を向け、右腕でそっと襦袢の合わせを押さえる。
 細い肩から滑り落ちた上の着物を犬夜叉が後ろから着せた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 犬夜叉は背後から殺生丸を包むように着物の合わせを交差させ、そのまま抱き締めた。

「・・・100年身体は戻らぬ。」
「・・・・・・まだ分かんねえだろ。」

 ・・・いいや、分かっている。
 辺りは赤から黒へと変わってゆく。
 もう朔は来る。
 花は出て行かなかった。

「・・・・・・もう去れ。」
「・・・・・・」

 犬夜叉は殺生丸の髪に顔を埋め、胸に回したままの腕にぎゅっと力を込めた。

「・・・今日の事も全て忘れろ。・・・帰れ。お前はお前の場所に。」
「・・・・・・俺はずっとお前と居る。」
「・・・ハッ、100年共にいるつもりか!」
「居るよ。」
「奈落はどうする。」
「奈落を追いながらでもお前と居ることは出来る。」
「・・・・・・半妖が。」
「・・・うるせーな。」
「・・・何故、私に執着する。」
「・・・・・・愚問だな。解ってて訊くのかよ。」
「・・・私は己の事は己で決める。貴様に左右される覚えは無い。」
「・・・っとに可愛くねえのな。・・・俺に護られるくらいなら死んだほうがマシ、闘って死ぬなら本望とか、そんなこったろ。どうせ。」
「・・・・・・お前にはお前を待つ者が居るだろう。」
「それはお前も同じだったろ。」
「・・・・・・」
「・・・俺も自分のことは自分で決める。」
「・・・・・・」
「殺生丸。俺は・・・・・・」
「その姿で何が出来る。」

 黒い髪。闇を透せない黒い眼。武器にもならぬ爪。簡単に傷付く肌。
 そう、犬夜叉は人間の姿。
 つまりもう朔の夜。

「・・・・・・虫唾が走るわ。今、殺してやろうか。その血肉を捧げるというのなら永遠共に私と居れるぞ。」
「・・・出来ないくせに。」


  14P
    ← back   next →  






小説目次に戻る