宿り花 -ほんとは半々、されど愛おしきは-    16P




 


 犬夜叉・・・

 眼の端にその姿を捉えながら殺生丸は犬夜叉のほうを見なかった。

「・・・・・・身体・・・どうなんだよ。」
「・・・・・・」
「・・・まあ、戻ってねえよな・・・」
「・・・・・・」
「・・・分かってるよ。寄るなって言いてェんだろ?・・・でも勝手にしろっつったよな。だから勝手にするぜ。」
「・・・・・・」
「・・・警戒しなくても何かしようなんて思ってねえよ。・・・今まで通りだ。寄るなっつーなら寄らねえ。」

 そう言いながら犬夜叉は半襦袢もろとも火鼠の衣を脱ぎ捨て、ザバザバと遠慮なしに川の中へ入ってゆく。

「ただ、俺だって水浴びくらいしたっていいだろ。」

 犬夜叉は殺生丸から適当な距離を取り、バシャバシャと顔を洗った。
 静かだった水辺が犬夜叉のせいで朝から騒々しい。
 そして頭から水を滴らせたまま、殺生丸へ向き直る。

「・・・・・・殺生丸。」
「・・・・・・」
「俺の気持ちは変わんねえ。・・・ずっと居るよ。100年でも何年でも。」

 恥ずかしげも無く堂々と言う犬夜叉。
 殺生丸は嘲笑うでもなく黙って聞いていたが、初めて犬夜叉のほうを向き口を開いた。

「・・・その必要はない。」
「・・・・・・殺生丸・・・」

 発せられた拒絶の言葉に犬夜叉は不安と不満の色を浮かべた。

「・・・何で。・・・昨日の事のようにはもうならねえ。」
「・・・そうではない。」
「じゃ、何で・・・!!俺は・・・、」

 詰め寄ろうとする犬夜叉。
 だが殺生丸は落ち着いている。

「・・・・・・判らぬか。」
「!?・・・」

 静かな口調に、犬夜叉は改めて殺生丸の姿を見た。
 ふと目に入った胸。
 整った襦袢の合わせ。
 すぐに着崩れるほど盛り上げていた豊満な胸の膨らみが、無い。

「!!」
「・・・・・・」
「・・・殺生丸・・・ッ」
「分かったろう。・・・もうお前の守は必要ない。」

 わざと皮肉を込めて言うが、犬夜叉を見る殺生丸の眼差しは穏やかそのものだった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・そっか・・・」

 犬夜叉は安堵し、はにかんだように笑う。

 良かった。
 本当に。
 心からそう思える。

 ・・・元に戻らなければ殺生丸と“家族”を作って生きていく道もあった。
 だけど殺生丸が望まないのなら100年という期間限定のまやかしに変わる。
 事実殺生丸は俺の兄。
 最強の大妖怪を両親に持つ犬一族の直系。
 類稀なる妖力と美貌を兼ね備えた男。
 それが殺生丸。
 俺が惹かれ欲し焦がれてやまない相手。
 それが真実。

 花に惑わされ膨れ上がった身勝手な欲望で相手を抱いても得られるものは何も無い。

「・・・・・・もう帰れるな。」

 あいつらの処へ。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 無言のまま向き合う二人。

「・・・俺、その辺で待ってっから。」

 何故だか泣いてしまいそうに複雑な想い。
 犬夜叉は先に背を向け、先程と同じようにバシャバシャと顔を洗った。

「けどよー、何で戻ったんだ?」

 相手の身体が元に戻った今単純思考の犬夜叉にとってはもはや意味をなさない質問だったが、微妙に揺れる自分の胸中を打ち消すように水を被りながら、そういえば肝心な事を聞きそびれた、と適当な口調で訊ねた。

「・・・・・・さあな。」
「花が離れたってことか。」
「・・・いや。・・・お前も分かっているだろう。」

 朔の夜まで一緒に居た。

「・・・じゃ、何で。」
「・・・・・・」

 ・・・おそらく花の願いが成就したから、花は消えた。

 潜在的な意志を持ち・・・宿った相手に己の願いを託し同化する。
 不思議な花。


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