宿り花 -ほんとは半々、されど愛おしきは-    3P




 


 りんたちの居る洞穴を遥か遠くに眺め、犬夜叉は崖淵に腰掛けていた。
 弥勒は熾した火の傍でひじを付き横になっている。
 雲母も弥勒の隣でもう眠りについているようだった。

「だいぶ離れましたね。」
「ああ・・・」
「今頃は皆も寝支度している頃でしょう。お前も少し休んだらどうです。」
「・・・そうだな。」

 犬夜叉の鼻はもう微かに殺生丸のにおいを捉えている。
 だから殺生丸はこの辺りの山の何処かに居るはずなのだが、洞穴を離れてから思いの他中々殺生丸のにおいを辿れず時間が掛かり、探し当てたときにはすっかり夜になっていたので今夜はひとまず此処で朝を迎えることにしたのだ。
 崖の上は広く平地になっていて遠くまで見晴らせるこの場所は一晩過ごすには丁度良かった。

 早く会いたい――――――――――
 殺生丸のにおいを感じながら、犬夜叉は目を閉じた。




 朝を迎え、犬夜叉と弥勒、雲母はひとまず山の中へ降りることにした。
 殺生丸のにおいがするほうへとひたすた駆け、歩を進める。
 自分より格段に優れた鼻をもつ殺生丸のほうが先に接近する自分たちに気付くはずだが、相手が遠ざかる気配はなくどうやら避けられてはいない。
 犬夜叉は単純に殺生丸が無事でいるらしいことに安堵していた。
 その表情からは幾分険しさが抜けている。
 犬夜叉より強大な妖力を持つ兄・殺生丸。純血の大妖怪である彼を犬夜叉が心配する必要などこれまで無かっただけに、心底ほっとしたのだろう。

「どうやら近いな。」
「そうですか・・・それで、殺生丸と会ったらどうするおつもりで?」
「・・・どうって・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ハァー・・・。だって私たちが急に現れて連れて帰ろうとしたところで、素直に言うこと聞く相手だと思います?」
「別に力ずくで連れ帰ろうなんて思ってねえよ。」
「じゃ、会ってどうするんです。」
「・・・・・・とにかく会ってからだ。」
「はあ・・・」
「考えてみろ、あいつは俺らが近付いているのを分かってて動こうともしてねえ。・・・ちび助どもだけならともかく天生牙を洞穴に置いてきたこと自体不自然過ぎんだろ。何かがあったのは間違いねえ。」
「・・・・・・」
「・・・何だよ。」
「あ、いや・・・お前にしてはまともなコト言うな〜、と思って。」
「・・・ッあんなあ、俺はいつだってまともだよ!!」
「イヤ、だってお前いつも事態がよく分かっていないまま突っ走るじゃないですか。」
「ンなこたぁねーよ!!俺はお前らみたいにペラペラしゃべんねえだけでいつだってイロイロ考えてんだよッ!!」
「・・・兄上の事は。ですよね。」
「・・・・・・ッ、弥勒ッ!!・・・てめえもう帰れっ!!」
「ハハハ、冗談ですって!」
「ったく・・・ッ」

 わざとらしい冗談を浴びせながらも、犬夜叉が本気で殺生丸を心配していることが弥勒には分かっていた。
 たしかに不自然なのだ。りんたちの元に天生牙を置いてきたことも。今、自分たちの接近に気付きながら避けようともしていないことも。
 確実に何かはあったのだろう。
 それだけに犬夜叉が会った途端頭ごなしに追求し、殺生丸の逆鱗に触れ余計な兄弟喧嘩に発展しないとも限らない。
 そうなれば殺生丸に余計な負担を与える。
 弥勒は弥勒で殺生丸を案じていたが、確かにともかく会ってみるより他はない。草木を分け入る犬夜叉に続いた。






 そして山深い森の奥、道無き道を進んだところでひと際大きな巨木が現れた。
 その下には白く輝く毛皮が見える。
 犬夜叉たちは確信し、近付いた。

 空以外は土と緑の空間に、異質な美しい色。
 葉の隙間から射す光を浴びて輝く銀白色の髪。
 殺生丸。
 殺生丸は大樹を背に、その浮き出た幹に包まれるようにして眠っていた。

 妖怪・・・否、まるで女神みたいだ。
 やっと見つけ出した本人を前に、弥勒は一瞬そんな風に思った。

 それにしても無防備な。
 自分たちに気付きもせず、眠っているというのか。
 戸惑いながら殺生丸に近寄ろうとする弥勒だが、スッと前に出た赤い影に弥勒は歩みを止めた。

「・・・オイ。」

 弥勒より先に犬夜叉が殺生丸の傍に寄り、声を掛けたのだ。
 何の躊躇もなく殺生丸のすぐ傍に寄り添う犬夜叉の姿に、弥勒はこの兄弟には自分の立ち入れない深いところに絆があるのだと感じた。

「おい、殺生丸。」

 反応はなく、犬夜叉がその肩に触れようとしたところでようやく殺生丸は目を開け、言葉を返した。

「・・・何の用だ・・・」
「・・・なんだ、死んでんのかと思ったじゃねーかよ。」

 そんなはずはなかったが、犬夜叉はほっとしあえてぶっきらぼうに言い放った。
 さりげなく一通り殺生丸の全身に目をやるがとくに外傷はない。
 犬夜叉は内心至極安堵した。
 ただ、酷く疲れているようで覇気がない。もともと静かな性質(たち)ではあるが、ふだんの殺生丸の触れれば切れるような鋭く隙のない妖気を感じないのだ。

「殺生丸・・・てめえ、こんなとこで一人で何してんだよ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・何で天生牙を洞穴に置いて行ったんだよ。」
「!・・・・・・」
「・・・私たちも休息出来る場所を探していたんです。そして偶然りんや邪見の居るあの洞穴を見付けて・・・貴方が天生牙を残して出たのを知り、犬夜叉と共に貴方を探していたんですよ。」
「・・・・・・」
「・・・何かあったのでは?」
「・・・・・・余計な事だ。」

 そう言うと殺生丸は右半身を覆う毛皮を押さえ、ゆらりと立ち上がった。
 一見すると何も変わっていないが、やはりどこかいつもの彼と様子が違う気がする。
 弥勒は何か違和感を感じた。
 もしや、自分たちの接近に気付いても立ち上がれないほど具合でも悪かったのではないか。
 それに怪我も負っていないのに一人こんなところで休んでいるなんて。

「殺生丸、貴方もしかしてどこか具合でも・・・?」
「・・・・・・」

 殺生丸は弥勒を無視して歩き出した。

「・・・待てよ、人がせっかくこんなとこまで探しに来てやったっつーのに、てめえそういう態度かよ!?」
「・・・・・・余計だと言っている。」

 相手の気質を解っている犬夜叉は自分が柄にもなく押し付けがましいことを言ったのは自覚があるし、またこちらの都合が通じる相手でないのは十二分に理解していたが、気に掛けていた皆の気持ちや自分の想いをぞんざいにされた気がして腹が立ったのだ。

 あのガキ・・・りんはお前を信じてずっと待っているのに。邪見だってそうだろう。
 なんか事情があんのはとっくに判ってんだよ。だから探しに来てやったのに。てめえに何かあったらあいつらは・・・・・・俺は・・・
 ちったあ、頼れよ、このバカ!!

 目的に実直で己の命よりプライドを取る。
 半妖の犬夜叉に助けを求めるくらいなら死んだほうがマシだと本気で思っているだろう。

 意識的にでなく生まれ持った気質。

 でもそんな殺生丸を解っていながら放っとけないのは犬夜叉の性分。
 犬夜叉は殺生丸の肩をガッと掴んだ。




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