宿り花 -ほんとは半々、されど愛おしきは-    4P




 


「・・・てめ、待てって言ってんだろ!!」

「!!・・・ッ」


 殺生丸は犬夜叉に力任せに肩を引かれ、勢いのまま傍にあった木に頭をぶつけてしまった。


「あ・・・」

「・・・・・・」


 傷みに眉を顰めた殺生丸を見て、さすがに犬夜叉は少し罪悪感を感じた。

 でも振り払われると思ったから強く引いたのに、簡単に木に押さえ込まれるなんて。

 やっぱりおかしい。

 殺生丸を間近で見つめた犬夜叉は、あることに気付いた。

 そして間近に居ることで決定的なことにも気付いた。


「・・・・・・殺生丸・・・、・・・お前・・・」

「・・・・・・ッ!!」


 犬夜叉に勘付かれたことが分かった殺生丸は鋭く犬夜叉を睨んだ。


「・・・犬夜叉?・・・殺生丸、大丈夫ですか。やはり貴方体調が・・・」

「・・・・・・」

「・・・イヤ、こいつは大丈夫だ。」


 自分たちに近寄ろうとする弥勒を制すように、犬夜叉は殺生丸からパッと離れた。


「弥勒、行こうぜ。」

「!?・・・え・・・」

「・・・・・・いいから。行くぞ。」

「・・・急に何故・・・」

「うるせーな、いいんだよ!行くぜ。」

「ちょっ、犬夜叉・・・ッ」


 もう来た道を歩き出す犬夜叉。

 急な展開に弥勒は何が何だか分からない。

 一体何がどうしたというのか。

 つい今まで腕ずくで殺生丸を連れ帰る勢いで責め立てていたというのに、それがもう殺生丸を放って行くだなんて。

 弥勒は心配そうにチラと殺生丸を見たが、殺生丸は横を向いていて前髪と毛皮に隠れてその表情は分からない。

 仕方なく弥勒も犬夜叉の後を追うように元の道を歩き出した。


「・・・・・・」


 少し歩を進めたところで弥勒は振り返り殺生丸のほうを見て少し考え立ち止まったが、またすぐ歩き出しその場を後にした。






 犬夜叉たちはひとまず今朝自分たちが休んでいた崖の上にいた。

 草木を振り払い先を駆ける犬夜叉に雲母と弥勒はひたすら着いていくしかなく、殺生丸のいる森を後にしてからここに来るまでの間二人とも無言だったが、先に口を開いたのは犬夜叉だった。


「おう、弥勒。・・・お前先にかごめ達んところに戻れ。」

「・・・・・・お前はどうするんです。」

「・・・・・・」

「・・・すみません、野暮な質問でしたね。」


 弥勒は苦笑する。


「なんとなくそう言うんじゃないかと察しはついていました。」

「・・・しばらく俺も戻れないかもしれねえ。・・・悪ィな。」


 あの場では殺生丸から弥勒を遠ざける為足早に森を後にしたが、犬夜叉は初めから一人森へ戻るつもりでいたのだ。


「・・・殺生丸は・・・」

「・・・・・・」

「いえ、何でもない。・・・お前に任せます。どういった理由かは私には全く分かりませんし、おそらく聞いたところで何か手伝える訳でもなさそうなので何も聞きませんが・・・いずれにしても鞘しかない殺生丸は丸腰もいいところだ。あの兄上が急にどうこうなるとは考え難いがお前が付いていてやったほうがいい。」

「・・・ああ。分かってる。」


 犬夜叉は殺生丸が戻れない理由をきっともう知っている。

 だがその理由を言うつもりはないのだろう。

 信じて放っておいてやるのも道理だ。

 法師を生業にし放浪しながらそれなりにやってきた弥勒は、相手の心情を読み取ることに長けている。自分が介入すべきでないところは的確に心得、それ以上の追及はしない。


「りんやかごめさま達には私から適当に言っておきますよ。」

「・・・助かる。・・・じゃ、もう行くぜ。」

「ええ。・・・こちらも兄上のことでいつまでも辛気臭い顔されていては困りますから。」

「ッ・・・別に、俺は・・・ッあいつのことなんて何も考えてねーよ!!ただ下手にあいつがやられて奈落があいつの妖力を手に入れたら・・・だから・・・ッ」

「ハイハイ、分かりましたよ。」

「・・・ったく・・・だいたい全部あいつが悪ィんだ、面倒掛けさせやがって・・・」

「はいはい。」

「弥勒ッ、真面目に聞いてンのかよ!?」

「聞いてますよ。とにかくもう行ったほうが良いのでは?こうしている間にも・・・」

「〜〜ッ・・・ケッ、めんどくせー!」


 言うと同時に犬夜叉は駆け出す。

 勢いよく崖から飛び降り、突き出た岩へ岩へと足を移しながらどんどん下へ降りて行く。

 あっという間に眼下に広がる森の中へ赤い姿は消えた。


「・・・さて、私たちも行きますかね。」


 犬夜叉の姿を見届け、弥勒も雲母に跨る。


 犬夜叉が付いていれば殺生丸は大丈夫だ。

 必ず二人はりんたちの待つ洞穴へ帰る。

 自分らがいかに心配や気遣い、おせっかいをやいたところであの二人は妖怪。

 我々人間が立ち入るべきでないときもある。

 それに犬夜叉が判断したことならたしかだ。

 待っていますよ、犬夜叉。


 二人のいる深い緑の山々を見つめながら弥勒と雲母は洞穴へ向かった。










 森に戻った犬夜叉は再び巨木のある場所に来てみたが、やはりそこにはもう殺生丸の姿はなかった。

 辺りを見渡してもその姿はない。もっとも生い茂る木々のせいで、少し離れただけでもすぐに互いの姿は見えなくなってしまうだろうが。

 でもにおいはする。


 殺生丸が自分を避け遠ざかる様子はない。

 弥勒が言っていたとおり具合でも悪いのか。・・・いや、違う。それ以前に・・・


 においを辿り、思いを巡らせているうちに小さな滝のある少し開けた場所に出た。

 流れる水もとても緩やかで、川というより池。

 だが水はとても澄んでいて中の小石の色や形まではっきり分かる。

 辺りを森に囲まれ、水面が揺れるたび陽の光で緑や青、黄・・・七色に輝いて見える。

 神秘的な場所。

 殺生丸は滝近くの岩に腰掛けていた。


 犬夜叉の存在を認知しながらも殺生丸は犬夜叉を見ない。

 だが犬夜叉は臆せず近付いた。


「殺生丸。」

「・・・・・・」


 返事が無いのはいつものこと。

 まわりくどく訊いても意味がない。犬夜叉はもう直接口にすることにした。

「・・・お前よ・・・、・・・身体どうしたんだよ?」

「・・・・・・」

「何でその・・・そうなっちまったの。」

「・・・・・・」


 殺生丸は無言で犬夜叉を鋭く見据えた。


 鼻の利く犬夜叉を誤魔化せるわけはない。

 だが一番知られたくない相手だった。

 否、誰にも知られる訳にはいかなかった。

 だからこうして一人でいたというのに。




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