宿り花 -ほんとは半々、されど愛おしきは-    5P




 


「・・・理由くらい話せよ。」

「貴様には関係ない。」

「・・・・・・」

「・・・去れ。」

「・・・・・・そうはいかねえよ。」


 犬夜叉はあからさまにハーっと溜め息をついた。

 いつもならすぐに喧嘩口調で言い返すところだが、そんな気にはならなかった。

 殺生丸が一人で離れた理由。

 戻れない理由。

 多分殺生丸はもしもずっと“このまま”なら、もうりんや邪見のところには戻らないつもりなのだろう。

 だから天生牙を残した。あいつらの護りになるように結界を施して。

 その訳を知ってしまったから。


「殺生丸・・・」


 犬夜叉はふわりと殺生丸の身体を包み込むように抱き締めた。


「!!・・・ッ」

「・・・・・・」


 殺生丸は驚き、身を硬くして一瞬殺気さえ漲らせる。


「貴、様・・・ッ、何のつもりだ・・・!!」

「殺生丸。」


 すぐさま犬夜叉を押し退けようと抵抗するが、犬夜叉は腕を緩めない。


「っ・・・こ、の・・・ッ!!」


 体を離そうとしても、犬夜叉はなおも腕をぎゅっと強くする。


「・・・ッ・・・」

「・・・殺生丸・・・」


 今の殺生丸ではどう足掻いても単なる力だけでは犬夜叉には敵わない。

 殺生丸は諦めたように身体の力を抜いた。


 半妖の弟のにおい。
 殺したいほどの思い。疎ましく煩わしく憎い。そう思った事もあった。
 鉄砕牙さえ我が手にすれば後はこの半妖がどこでどうなろうと己の知ったことではない。
 本気でそう思っていた。
 ・・・父上と同じ血の流れる体温。犬夜叉の・・・におい。この懐かしい腕の温もりに包まれているとどうにもならない激情が甦る。

 しばらくの間殺生丸は複雑な想いを馳せながら抱き締める腕に身をゆだね目を伏せていたが、犬夜叉が僅かに体を離した時、眼を見開いた。
 あろうことか犬夜叉が己の鎧の紐に手を掛けたからだ。

「!!・・・ッ!?」
「・・・・・・」
「な・・・っ、」
「・・・・・・」

 激しく動揺する殺生丸。
 だが犬夜叉は無言で紐を解き、腰の帯にも手を掛ける。

「ッ貴様、何を・・・ッ!!」
「・・・・・・」

 腰に回された手を制止するように殺生丸はガッと犬夜叉の手首を掴んだ。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 互いの目を見、一触即発の意思疎通。
 それ以上、事を進めるならこの手をもいでやる。
 殺生丸は妖力を込めた毒爪を犬夜叉の手首に食い込ませ、普通の者なら震え上がるほどの眼で犬夜叉を睨み上げた。
 犬夜叉の手首からは血が伝い、ミシミシと骨の軋む音がする。
 だが犬夜叉も引かない。
 痛みに眉を顰めながらも眼を逸らさず、腰から手を放そうとはしない。

「・・・ィ・・・ッてえなァ・・・ッ!!」
「!!ッ・・・」

 犬夜叉はそのまま殺生丸の腰をグッと引き寄せ、押し倒す形で組み敷いた。
 人間の血の流れる犬夜叉のほうが筋肉質ではあったが、本来ならば体格差はそれほどない。だが今の殺生丸はやはり犬夜叉と比べると個々の部位が華奢なのだ。首も。手首も。腰も。
 “男”の力には敵わない。

「貴様・・・ッ!!」
「・・・っ・・・いいから、ちったぁ大人しくしろ・・・ッ!」
「ク・・・ッ」

 犬夜叉に腕を押え付けられながら殺生丸は遠い過去を思い出す。

 押さえ付けられた腕から伝わる犬夜叉の熱。
 この肌の感触。

 気まぐれだった。
 この弟に縋るように求められ一度だけ・・・夜を過ごした。
 自分に向けられる兄弟の思慕ならぬ愛情。劣情を抱く弟が哀れで汚らわしく滑稽で。
 けれどひどく優越だった。
 犬夜叉は私しか見えていない。
 必死な弟。
 いつでも殺せる。
 視界の揺れる激しさの中でいっそ―――――――――


 そこまで思い返したところで殺生丸はふと我に返り、圧し掛かる犬夜叉の頬を殴った。
 だが、犬夜叉は動じなかった。
 殴られ少し体勢を崩したもののすぐに立て直し、殺生丸の抵抗を受けながらも荒々しい所作で強引に腰の帯を解いてゆく。

「・・・ッ犬夜叉・・・ッ、やめ・・・」
「・・・・・・」
「いい加減に・・・ッ・・・ただ昔一度肌を許したくらいで・・・ッ!!・・・今なら抱けるとでも思ったか!?半妖が・・・ッ!!」
「・・・・・・はあ!?・・・ちっげーよ、こんなもん着けてっから苦しいんだろ!?」

 犬夜叉は殺生丸から引き剥がすように鎧を外した。

「!!・・・っ」
「・・・・・・」

 身に着けているものが着物だけになったことで露わになる殺生丸の身体の線。
 明らかに膨らみを持った胸元。
 華奢な腰。
 乱れた襟元から覗く細い鎖骨は男のものじゃない。
 元々誰をも魅了する性別を逸脱した美しさを持ち細身ではあったが、しなやかに筋肉がついた身体は、やはり今の殺生丸とは作りが違う。
 あのとき森で弥勒が殺生丸を“女神”のようだと思ったのも無理はない。
 弥勒の感じたことはあながち間違ってもいなかったのだから。

 そう、今の殺生丸の身体は女そのものなのだ。







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