宿り花 -ほんとは半々、されど愛おしきは-    6P




 


「・・・ッ・・・」
「殺生丸・・・、」

 半妖の弟に隠していた体の変化を暴かれ、組み敷かれたまま見下ろされる。
 誇り高い殺生丸にとってこれほど屈辱的なことはない。
 殺生丸は犬夜叉を突き飛ばすように押し退けた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 気まずい空気が互いの間を流れる。

 犬夜叉が異変に気付いたのは殺生丸を木に押し付けたあのとき。
 鎧が食い込んで見えるほどやけに詰まった胸元。
 相手の中から発せられる牝のにおい。
 動物が本能的に相手の性別を判別するように、犬夜叉も無意識下で殺生丸のにおいを嗅ぎ取っていたのだ。

 殺生丸もまた、犬夜叉たちの接近を知りながら動かなかったのは自分の身体の変化に順応しきれず移動するのも億劫なほど怠かったから。
 犬夜叉は殺生丸の体の変化に気付いたときにそれを察し、弥勒を遠ざけ、まずは締め付ける鎧を外すことを考えた。
 言葉が足りずいきなりの力技で相手を誤解させてしまったが、気高く物腰の落ち着いた大妖怪の兄と負けず嫌いで喧嘩っ早い半妖の弟。普段ろくに会話もしていない間柄。
 男兄弟、まして犬夜叉の性格。いちいち気遣い、丁寧に扱ったりなどしない。
 でもそれが殺生丸の気質を知っている犬夜叉なりの気遣いだった。
 この兄は女のように優しく扱われることなど望まないだろう。


「・・・少しは楽(マシ)んなったろ。」
「・・・・・・」
「・・・って、オイ!どこ行くんだよ。」
「・・・・・・」

 鎧を外され、拡げられた着物の襟を整えながら殺生丸は犬夜叉から距離を取ろうと歩き始めた。
 その腕を犬夜叉が掴む。

「うろちょろすんじゃねー。」
「・・・・・・」

 殺生丸は犬夜叉を鋭く睨み、腕を振り払った。

「・・・触るな。」

 殺気さえ含むような怒気のこもった声。

「・・・・・・分かったよ。寄らねーから勝手にチョロチョロすんな。・・・天生牙の鞘しか持たねえ今のてめえが奈落に取り込まれでもしたらこっちが迷惑なんだよ。・・・だからてめえを見張ってるだけだ。余計な手間掛けさせんじゃねー。」
「・・・・・・」

 こっちだって好きでくっついているわけじゃない。いかにもそう言わんばかりに面倒臭そうな口ぶりで犬夜叉は言い放つ。
 だが、もちろんそれは本心を隠す為の嘘だ。
 いかに殺生丸といえど、もし今奈落や奈落がらみの妖怪に襲われれば命が危ない。鞘だけでは己の身を守ることすら出来ないかもしれない。
 だからいざとなれば加勢でなく自分が奈落どもと闘う。犬夜叉はそのつもりでいた。

 とはいえ傍にいるのは互いに気まずいし、それを今、重々感じている。
 いずれにしても自分が近くにいれば殺生丸は離れる為にやはり何処かへ行こうとするだろう。
 結局相手が離れるか自分が離れるかなのだ。
 それなら慣れない身体を抱えて体調の優れない殺生丸に無理をさせるより自分が離れたほうが良い。

「・・・ケッ。」

 犬夜叉は殺生丸を水辺に残し、さっさと森へ姿を消した。




 相手のにおいを感知出来る範囲で距離を取り手近な木の上へ上がると、ドカッと幹へもたれ掛かる。

「・・・・・・チッ。」

 独り小さく舌打ちするが、相手にじゃない。
 自分にだ。

 不覚にも兆した自身。己の男の性に苛立つ。

 さっきは殺生丸を休ませることだけしか頭になくてぞんざいに鎧を外し着物の襟を拡げたが。
 鎖骨の下から盛り上がる豊満な胸の膨らみとくっきりとした谷間。当たったときの柔らかな弾力。
 紛れも無く女のカラダだった。嘘みたいな事実。
 そうでなくても久しぶりに触れた殺生丸の肌。
 あんなに密着したのはあの日以来だ。
 自分だって忘れてやしない。
 最初で最後、遠い過去(むかし)この腕の中で咲き乱れた殺生丸の姿を。

 気付くと無意識に欲情していた。
 でも殺生丸の身体が女に変わったからじゃない。女の体を見たくらいで勃つほどガキじゃない。
 欲情したのは殺生丸だから、だ。

 鋭く冷たい綺麗な眼。陶器のような肌。長く細い指。容姿のそれとは裏腹に他を凌駕する圧倒的な妖力。
 幾度、刀を交えて殺されかけても焦がれてやまない相手。
 いつだって殺生丸は壮絶に美しかった。
 男であろうと女であろうとどちらでも自分にとっては関係ない。

 ・・・でも、もし・・・もしもずっとこのままだったら・・・・・・


 犬夜叉はハッとして己の浅はかな考えを打ち消すようにバキッと手近にあった枝をへし折った。

 とにかく自分が殺生丸についていれば差し当たって身の危機は回避させてやれる。
 殺生丸を脅かすものは誰であろうと俺が斬って捨てる。

 それにしてもあの殺生丸が一体何故、こんなことになったのか。
 戻すにしてもどうやって?
 あの気性じゃ、訳を聞く為の会話も出来やしない。
 そもそも戻す手だてはあるのか。

「ハー・・・どうすっかなぁ・・・」

 今日何度目かの溜め息をつき、犬夜叉は目を閉じた。

 ・・・ああ、殺生丸のにおいがする―――――――――・・・







 二人で過ごすようになってから一週間。
 一定の距離を保ちながらこの日も犬夜叉は静かに殺生丸を見守っていた。

「今夜は満月か・・・・・・」

 犬夜叉はぼうっと月を見ながら呟いた。

 木の上にいる犬夜叉には月の光がよく届く。
 でも別に月光浴をしているわけではない。夜、決まって木の上で過ごすのはなるべく高い場所にいたほうがにおいを感知しやすいからだ。
 いつでも相手の所在が分かり、安否を確認出来る。
 とはいうものの、姿は多少変わっても本人の持つ妖力は依然強大で、ちんけな小妖怪は恐れをなして初めからこちらに近寄りもしないし今のところ何者にも襲われずに済んでいた。
 この日も何事もなく終わる。
 何事も・・・、・・・殺生丸が元に戻る様子もなく。
 ・・・でもそれならそれでいい。
 この一週間ずっと考えていたことだ。
 もし、このままなら・・・

 ぼんやりと思いを巡らせ、輝く月の眩しさに目を伏せた時だった。
 犬夜叉は眼を見開き、寝そべっていた上体を起こした。

「!」

 風にのって漂う血のにおい。



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