宿り花 -ほんとは半々、されど愛おしきは-    7P




 


「ッ・・・!!」

 僅かではあるが確かに殺生丸に血のにおいだ。

「!!」

 犬夜叉の耳がピクと動く。
 何かが地を踏む音。

 ッチ、こんなときに・・・!!

 鉄砕牙の柄に手を掛け、下を見た。
 するとうろつく鬼妖怪が一匹。
 手には棍棒を持っている。
 油断した。妖気からして小物、こちらの妖気に慄いてどうせすぐに自ら退くだろうと無意識に敵としての認識から除外していた。
 鬼は殺生丸が居る滝のある岩場のほうへ向かって行く。

「ゲハハハ・・・美味そうな血の匂いがするぞ・・・!!」

 パキ バキ ミシ 
 ガサガサと葉を揺らしながら進む鬼。
 静寂に包まれていた森にけたたたましい音が響き邪気が立ち込める。
 だが急に鬼の足が止まった。
 背後に感じる恐ろしいまでの殺気と妖気。

「それ以上進むなら殺す。選べ。進んで消えるか自ら消えるか。」

 加えて後ろから聞こえる低い声。
 鬼が振り返ると、そこには暗闇の中、月に照らされ縁取られた獣のような耳と銀色の輪郭。
 そして浮かび上がる二つの金色の光。

 犬夜叉だ。犬夜叉は音も無く木から降り立ち、鬼のすぐ真後ろに立っていたのだ。
 鬼はすくみ上がる。

「ヒ・・・、な、なんじゃ貴様・・・ッ!!・・・」
「・・・てめえこそ、何だ?・・・消えろ、今すぐ。」
「あ、あれはオレ様が見付けた獲物だぞッ!!・・・久しぶりのご馳走だ、貴様なんぞに横取りされてたまるかあ!!」

 鬼はそう言いながらも本当は逃げるつもりだった。だが恐怖のあまり錯乱し行く先を誤り、あろう事か結局殺生丸の居る岩場の方へ向かってしまった。
 棍棒を振り回しながらドスドスと走り出す鬼。

「そんなもん持ってどこ行こうってんだ!!」

 ザッと一気に鬼の背後に詰め、飛び掛かる犬夜叉。

「・・・ッヒイッ!!グギャァァァァーーーッ!!」

 鬼の叫びが響く。

 あっという間の惨状。
 引き裂かれた鬼の体が転がる。
 図体はデカくても妖力自体は小物。しかも奈落とは無関係の妖怪だ。犬夜叉とて本来無駄に殺生する性質(たち)ではない。いつもであれば見逃してやったが、今夜ばかりはそうはいかなかった。
 犬夜叉にとって今は一刻も早く殺生丸の元へ駆け付けたいところ。
 鬼などにかまっている場合ではない。
 忠告を無視して殺生丸の居る岩場へ向かった鬼に激怒した犬夜叉がその鋭い爪で両断したのだ。

 爪に付いた血を払い、犬夜叉はすぐさま殺生丸の元へ向かう。

 先程より血のにおいが濃い。
 どうなってんだ、殺生丸に近付く敵の気配などなかった。
 まして俺が見逃すはずはない。
 殺生丸に近付く者がいればすぐに分かる。
 今もあいつ以外の気配はない。
 なのに、何故・・・・・・

 犬夜叉の胸中を不安と焦燥が渦巻く。




 飛ぶように駆け、岩場へ降り立つとすぐに殺生丸を見付ける。
 やはり殺生丸以外の姿はない。
 だが犬夜叉は血の気が引いた。
 見れば殺生丸は今にも突っ伏しそうに岩にもたれ掛かっているではないか。

「殺生丸!!」

 慌てて駆け寄り、その身体を支えた。

「殺生丸・・・ッ」
「・・・っ・・・」

 何だ、何があった!?何でこんな・・・・・・
 辺りには六角の柄の入った殺生丸の着物。天生牙の鞘。鎧。それらが無造作に置かれている。
 おそらく川で水浴びでもしようとしていたのだろう。
 襦袢だけの姿。
 それが何で・・・今にも倒れ伏せそうにくず折れているなんて。

「・・・ッ・・・離・・・」
「オイ・・・ッ」

 殺生丸は犬夜叉を僅かに押し退けようとするが、がっしりと抱きかかえるように支える力強い腕は殺生丸を離そうとはしなかった。

 辛い。重苦しい。吐き気さえする。
 今まで味わったことのない痛み。
 触られるのも苦痛。だから一人でいたいのに。
 そんな殺生丸の胸中を知らず、状態がよく分かっていない犬夜叉はますます殺生丸を強く抱き寄せる。

「ッ・・・ゥ・・・―――――
「オイッ、大丈夫か!?オイ、殺生丸・・・ッ!!」

 既に混濁していた意識は完全に途切れ、取り乱した犬夜叉が殺生丸の身体を揺さ振るが、もはや相手から返事はない。

 どうしてこうなっちまったんだ、何で・・・・・・!!
 ただ体が女に変わったくらいでこうも具合が悪くなるもんなのか・・・!?
 何なんだ、一体・・・それにこの血のにおいは・・・
 見たところ怪我もねえのに何で・・・

 そこで犬夜叉はハッとした。
 まさかと思いその下半身に目をやる。
 途端に激しくなる動悸。
 犬夜叉は震える手で殺生丸の腰元に手を掛けた。
 襦袢の合わせを掴み、ゆっくり裾を捲る。

「!!」

 見えたのは殺生丸の大腿を伝う赤い筋。

――――・・・っ」

 マジかよ・・・
 嘘だろ・・・・・・マジかよ―――――――――・・・!!

 犬夜叉は思わず口元に手をやる。
 心臓が飛び出そうなほど脈打ち、耳先まで染まりそうなほど犬夜叉の顔は真っ赤だ。
 犬夜叉が激しく動揺するのも無理はない。
 殺生丸の身体の変化。
 それを本当の意味で実感することになるとは。



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