宿り花 -ほんとは半々、されど愛おしきは-    8P




 


「・・・どうすりゃいいんだよ・・・・・・」

 心臓をバクバクさせながらも犬夜叉は殺生丸を決して手離さず大事に抱きかかえたままおたおたしていたが、ひとまず殺生丸をそっと横たわらせた。
 そして自分は少し離れた位置でしゃがみ込んだ。
 手のひらで額に掛かる前髪を掻きむしる。

 いつ誰から聞いた訳でもないが、女に“オンナの日”があるのは知っている。
 でもまさかだ。まさか自分がそこに立ち入ることになるなど永遠に無いと思っていた。
 しかも相手は殺生丸。
 想定外もいいところだ。何をどうしたら良いのか全くの無知。
 頭の中を色々なことがグルグル廻る。

 もしあいつら・・・かごめや珊瑚が居れば・・・・・・いっそ連れて行っちまうか。
 あるいは此処へあいつらを連れて来るか。
 ・・・いいや、駄目だ!!そんな事は出来ない。
 身体の変化を知られるばかりかそんな面倒までみてもらうはめになるなんて、俺が殺生丸の立場だったら死んだほうがマシだ。殺生丸ならなおのことそうだろう。
 同じ男としてそこは解る。
 それ以前に体が女になんて変わった時点で俺だったら気がおかしくなっちまいそうだ。

 とにかく今だ。
 俺がどうにかするしかない。
 ゆっくり休ませてやったほうが良いのはたしかだろう。
 ものは考えようだ。
 病気や怪我じゃなかっただけマシだ。
 死ぬわけじゃない。


 想像もしていなかった予期せぬ事態にただただ慌てふためき気が動転していたが、いつまでももたもたしているほど犬夜叉は幼稚でもない。
 立ち上がると殺生丸の傍へ寄り、襦袢の腰紐に手を掛けた。

「ゴメン、いいよな。」

 無意識に小さく呟き、襦袢の合わせを開いた。
 詫びたのは、意識のない相手の着衣を勝手に脱がし裸にする事に罪悪感があったから。“いつもの殺生丸”ならば介抱する為に脱がすことなど何も思わなかっただろう。でも今は仮にも相手の身体は女なのだ。

 バサッと自らも火鼠の衣と半襦袢を脱ぐ。
 そして殺生丸を横抱きに抱え上げ、滝近くの少し深い川の中へ半身だけが浸かるように入った。
 緩やかな水の流れが丁度良く身を清めてくれる。

 魅惑的な身体をその腕に抱きながらも犬夜叉は冷静だった。
 今自分のすべきことは相手にときめくことじゃない。
 犬夜叉はそういった分別はきちんととわきまえていた。単純で粗野な性格ではあるものの、静かで優しく聡明だった人間の母・十六夜の血もしっかり受け継いでいる。
 だがただ一つ、目に入る欠陥に犬夜叉はうなだれた。
 完璧な容姿。それなのにあるはずのものがそこには無い。
 左腕。
 二の腕から先がスッパリと無い。
 だからといって身体のどこが失われてもその美しさは変わらない。想いも変わらない。
 例え顔が潰れても。
 少なくとも自分にとっては遜色なく綺麗な存在。
 失われた左腕を見て気落ちしたのは容姿が欠陥していたからじゃない。“それ”は自分のした事だからだ。
 分かっていたこと。
 だけど改めて目の当たりにすると衝撃は大きい。本人は目的の為なら命にさえ頓着しないような気性だから全く気にもしていないのかもしれないが。
 実際これまで殺生丸から腕のことで恨み言を聞いたことは一度もない。腕のことを持ち出せば俺が気に病むからとか、そんなことを気遣うような温い性格の相手じゃない。口にしないのは、本当に気にもしていないからだろう。
 そもそも終わったことをネチネチ責め立てるような性格ではない。
 でも半妖の俺に・・・執着していた鉄砕牙に斬られた痛みは、体の一部を失ったことよりも大きかったに違いない。
 今更悔やんでも取り返しなんかつかない。
 俺は殺生丸を強く抱き締めた。




 川から上がると殺生丸の腹や腰周りが隠れるように自分の半襦袢をゆるく巻き付け、その上から火鼠の衣で身体を包んだ。
 殺生丸を抱き上げ、そのまま手近な岩陰に腰を下ろす。
 水で冷えた身体を温めるには人肌が一番良い。相手の背中が自分の胸に密着するように抱え直し、自らも岩へともたれ掛かかった。
 腕のやり場に困ったが、殺生丸の腹の辺りを緩く抱いた。
 肌はいっそう冷たく顔は青ざめて見える。

「殺生丸・・・・・・」

 心細いような小さな声で名を呼び、犬夜叉は殺生丸の首元に顔を埋め目を閉じた。








 ピー ピピ チュンチュン

 鳥の囀りが聴こえる。
 だんだんと意識が戻るにつれ、周囲が明るいのが分かる。
 薄っすらと目を開けると、真っ先に視界に入ったのは朝陽と綺麗な白銀の髪。

 殺生丸とは育った場所も違うのに何故だろう。
 殺生丸を抱いているとひどく懐かしく切ない望郷の念にかられていつの間にか眠り落ちていた。
 揃えて傍に置いた鉄砕牙と天生牙の鞘。護りの妖力と間近に感じる殺生丸のにおいに張り詰めていた気が緩んだのかもしれない。
 それに強い妖力の塊があればそこはその妖怪らの領域とみなされ、あえて近寄る者はいない。
 効果は絶大だったのか何者も此処へは踏み入らなかったようだ。


 目が覚めたら殺生丸はこの状況をどう思うだろう。
 身体が健常なら毒爪でバッサリやられるかもしれない。

「・・・・・・」

 犬夜叉はチラと殺生丸の顔を見た。

 黙っていれば本当に男か女か判らない。綺麗な顔だ。
 長い睫。
 無意識に頬に手をやり髪を梳いた。
 相変わらず肌はひんやりと冷たいが、体温は感じる。昨夜のような温度の無い冷え切った感触とは違う。
 良かった・・・でも安堵を得ると違うことに意識がいく。
 こうして眠っていると何だか可愛くさえ思える。
 心地よい重み。
 まるで小動物のようだが、実際抱いているのは猛獣。
 いつなんどき牙を剥かれるか知れない。油断すれば大怪我を負うのはいつだってこちら。

「ふ、・・・まあ俺にはそのほうが合ってっか。」

 大人しく腕に納まっているような殺生丸より、鮮烈な強さでもって自分を圧倒していてほしい。
 誰かに護られる殺生丸なんて俺はごめんだ。
 不安で他が手につかなくなる。
 でももしもの時は・・・・・・

 と、その時。微動した感触に殺生丸を見た。

「!」

 長い睫の隙間から僅かに金色の眼が覗き、上体を起こそうと身じろいでいる。

「・・・・・・」

 犬夜叉は声を掛けられず、ドキドキしながら黙っていた。
 自分に抱かれていることは一瞬で気付いたはず。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 互いに無言だ。
 どう思っているのか。
 差し当たり殺生丸が嫌がって抜け出す様子はない。
 相手の腹部に置いたままの手。
 全身が妙な汗で湿ってくる。

 何で黙っているんだ。

「・・・・・・殺生丸。」
「・・・・・・」


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